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2007/06/12(火)
競い合い
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「チャングムの誓い」をずっと見てましたが・・・あの世界は、やたら「競い合い」の世界だったなぁと今思い出します。
わたしは、へんなライバル意識が大嫌いです。 わたし自身「ライバル意識」っていうのを持ったことがない。
競争心というのは自分にむけるもので他者にむけるものじゃないと思っている。
人は人。自分は自分。マイペースでやるのが一番だと。
でも、やたらライバル意識や競争心をむき出してくる人がいる。 ちょっとしたものでも、人のもちものと自分の持ち物、自分の生活と相手の生活を比べて「負けまい」「負けまい」と張り合う。
わたしは、これ・・・「競争社会」の弊害だと思う。 友人にもいつの間にか「切っ先」をむける。
むしろそういう人たちにとって「友人」などこの世にいない。「人」は「競争相手」であって「倒すべき人間」だから。
そして・・・交流は「相手を倒すため」にする。ゲームとおなじ。 結果自分が相手を倒す。勝つ・・・。ゲームなら、それでスカッとしてまたスイッチを入れればいいけれど、相手はリアルの友人や知人・・・倒されたほうは傷ついて去っていく・・・。
本来友達ってのは「競い合う」ものじゃない。助け合うものだと思う。 でも・・・受験戦争で十代から「隣の人間を出し抜く」ことを徹底的に教育されてくれば「助け合う」ことなんか出来なくなって、反射的に「隣」の人間には「ライバル意識」を持つように教育されてしまう。 もしくは・・・そういう人間にかこまれているうちに「感化」されてしまう。
わたしはよく、この「ライバル意識の矛先」にされる。 せっかく知り合った人が、いつの間にか・・・ぎらぎらした刃を突きつけてくる。
つまるところ・・・そうやってすぐ他人と競争したがる人間といういのは自分で「ペース」が作れない、「依存心の強い人間」だと思う。
マラソンランナーとおなじ。よく、ピッチよく走っているランナーにぴたっとくっついて走ってくるランナーがいるが、あれは走りやすいのだそうだ。そのランナーのピッチに合わせていれば、自分のモチベーションの維持やペース配分を自分でコントロールしなくて済む。だから、そうされて嫌だな・・・・と思う選手は、さりげなくピッチを乱して、相手を振り払う。
ピッチを作るというのはものすごいエネルギーを必要とする。
私もそうだ。 気分が落ち込んで仕事する気がない・・・・勉強する気がない・・・やる気が起きない・・・そんなとき、私は「ライバルは今何をしているか」とかじゃ不思議とやる気が起きない。 生来「他人などなにをしていようがどうでもよい」と思っているからかもしれない。 「あの人が今勉強しているかと思うと寝ていられないんです」 といって、朝4時でも深夜でも起きて勉強するのだという子が以前水墨画を習いに来ていたが・・・絵を描いているときが唯一、そういう「競争心」から解き放たれる時間だったようで、その子はリラックスしきっていた。
だいたい、他人がいなきゃ「やる気」にならないなんてのは甘えてる。
わたしが自分をやる気にさせるのにどれだけいつも苦労しているか。 わたしは私の中に「言うことをなかなか聞いてくれない猛獣」を飼っている。 そいつに、チョコレートパフェを食わせたり、アントニオバンデラスを食わせたり、渡瀬恒彦を食わせたり、おいしい紅茶を飲ませたりしながら、コントロールするのにどれだけのエネルギーを必要としていることか。
そしてその「猛獣」は「お目が高い」し、贅沢だ。 ごまかしがきかない。 押さえつけるようなことをしても言うことを聞かない。我慢をしない。
しかし、不思議と何かのきっかけで恐ろしく有能勇敢に動く。 ポケモンの「リザードン」に似ている。 自分自身がリザードンでもありポケモンマスターでもある。
やみくもな競争というのはよくない。 相手の持ち物をいちいち気にかけて勝った負けたと騒ぐのが一番下品だ。
しかし、勝負をかけるときはある。 そのときは容赦はする必要はない。
ここ一番! というときに戦えばいいのであって、大切な友人・知人や身内に刃物の切っ先をむけるのはよくない。 友が自分を追い越して出世するならそれは誉れなことだ。 身内ならばなおさらだ。
自分が自分が・・・かねがかねが・・・・と心底そういう人間に出会うたびに辟易する。最近そういう人が多すぎる。
確かに「自分」は大事だし「お金」も大事。 霞を食って生きてるわけじゃない。世の中「椅子取りゲーム」みたいなもんで仕事や地位のために「他人」を踏み倒したりなぎ倒したりと戦国時代のようになっている。 でも、それをやらなくていい場面ってのがある。
武士の子孫が言うんだから間違いない。 こういうことは言うといかんと言われてきたが、昨今ネットでもなんでも旧華族とやらまでカミングアウトをしているようだから問題ないだろう。福沢諭吉も「下級武士だった」と言ってるし。 ところで、父方のご先祖が士族だったが、刀の腕前はへっぽこだったらしい。しかし、勘定方とやらで、なかなか優秀だったらしいが、その才覚を妬まれて深夜仲間うちに闇討ちにあったとか・・・。 まあ武士の世界も「卑怯者」もいれば「剣術よりそろばんが強い」人間もいたわけで。 ちなみに、母方は公家だったらしいが、明治維新時に幕府軍について華族になれずじまい。祖母はそのせいで「明治村」を心底憎んでいたようだが、わたしゃそんなもん関係ない。レンガ造りの明治の建物は大好き。まあ「ご先祖」も「負け組み」だったわけでんな。貧乏なのは先祖代々からの遺伝かも・・・。
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