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2009/06/15(月)
なぜ今43なのか
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ガラクタの記憶箱ってよく言われる私の脳ミソは どうでもいいことばかりを切り取って覚えている。 一番呆れられたのは、高校のとき生駒に住んでいた友人が お風呂の湯を巡って父親と喧嘩した理由を覚えていて
「あなたの実家のあの太陽電気でお湯をあっためるって言うの あれはどうなった?イマドキもうないよね?」
って質問したときだったかなぁ。 その昔、ほんの25年ほど前にあった太陽光でお湯を作ると言うシステム。 屋根の上にタンクをおいて、日中の光でお湯を作って光熱費を浮かすのだけど お湯の通り道が細いのかして、湯船にお湯を落とすのに結構時間がかかる代物で 友人は母親に頼まれていたのに、そのお湯を落とすのを忘れてしまい、 父親がお風呂に入りたいときにお風呂に入れず・・・親子喧嘩が勃発したのだった。
当時の私は、そういうシステムを知らなかったから興味深かったし、 なにより、友人の父は晩婚だったらしく私の父よりずっと高齢で、 実は若年で戦争にも少し参加したとかで、そのために心に傷を持っていて、扱いにくいのだと言う説明も受けていて
「なんか文学的?」
と言う疑問を持ちつつ友人の話を聞いていたため印象が深かったようだ・・・ もしくは、当時の私は自分の父のことは人には話してはいけないタブーと認識していたので、堂々と父親の話をする彼女がことさら印象深かったのかもしれない。
もちろん友人からは
「よくそんなこと覚えてるわねぇ・・・私でも忘れてたわ。 ってか、そんなしょーもないこと忘れてよ・・・。」
って言われちゃったんだよね。
って感じで、記憶は当時の私の『感性』に左右されていたために これまでは、誰も喜んでくれない、共感してくれない昔話しか出来なかった。
ところが、最近になって、少しだけこう、なんていうのか 人が何を考えているのか、何を優先順位に覚えたら良いのか分るような気がしてきたのだ。
たぶん、中高生になった子どもの指導のおかげだと思うんだけど (息子とかよく苦笑交じりに注意してくれる。 『それじゃ相手が怒るよ、聞いて嬉しくないことは言わなくて良いんだ。』、とかって)
これまでは変人街道だけ歩くんだって信じてたんだけど もしかしたらちゃんと普通に軌道修正が出来るかもしれない!
なんて期待しちゃうじゃない。 なのに・・・・気が付けばもう43だよ。 こんど25年後に昔話するときって・・・ボケてんじゃん? 70前だからまだ昔話できるかな・・・できてもリピート状態だよね。
はあ・・・なんで、43かなぁ。 みんなが20前に理解できることが今日まで分らなかった不思議。 いや、直そうとしなかった傲慢かな・・・
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