YamaChan日記
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2009/09/30(水) さよなら253系
 9月の最終日、中央線に入線する成田エクスプレス(N'EX)の253系が、最後の運転を終えました。

最終日は生憎の涙雨になってしまい、傘を差してその最後の姿を写して来ました。

およそ10年間の定期運行でしたが、明日から新しいE259系に置換わります。

N'EX3号 NE201 2003M (高尾-西八王子) 露出無く流し撮りで見送りました。ご苦労様でした。

2009/09/28(月) 南武線
 今日は仕事でJR南武線の登戸−尻手間を往復利用しました。

電装品などが換装された209系の2200番代ナハ52が、矢向の電留に入ったばかりでした。ナハ53は、ナハ区27Fでチラッと見えました。

武蔵小杉のホームでは、川崎寄りで延伸(移設)工事をしていました。これは横須賀線(品鶴線)に新駅を設置し、南武線との連絡を図るもので、2010年度に仮開業させる予定とのことです。

ところで話が変わりますが、帰りのナハ2の乗務員室内に設置されている運番文字表示装置を見ましたが、3文字中、末尾で示されるアルファベットの種類は、A〜F、H、K、KR、M、S、SR、T、Y の14種類でした。205系などの通勤型が表示する運用番号は、数字2文字とこのアルファベットがあれば、全て表現出来るのでしょうか? 因みに南武線はXXF、中央線はXXH、XXTですね。でも山手線があるし?

画像は、立川行205系49Fナハ2の車内から写したホーム拡張工事の様子です。新しい跨線橋の骨組が出来上がっていました。見えませんが、川崎方面も工事中です。後方が新幹線と横須賀線です。

2009/09/27(日) 山線へ
 今日は朝方晴れ間が出ましたが、程なく曇り空になってしまいました。

早朝に成田エクスプレスを八王子で写し、午後から裏高尾に出掛けました。
201系のH4が39Tで大月まで往復するのでそれがお目当てです。
裏高尾はもうすっかり秋めいて、コスモスやススキが色を添えています。沿線の彼岸花はもうお終いでした。

最近裏高尾に行くと、201系狙いの鉄ちゃんが増えています。定番ポイントは混んでいます。

A35 C3 1459M (高尾-相模湖) ここにもお一人撮影者がいらっしゃいます。右に・・・(汗)。

2009/09/26(土) ”常磐”へ・・・ 2
 今年の5月30日に続いて4ヶ月ぶりに福島県いわき市に行ってきました。今日はお彼岸の最終日、両親のお墓参りをして来ました。

クルマで朝5時過ぎに八王子を出発、途中の渋滞も無くゆっくり走って、8時前にはいわきに到着しました。

前回同様先ず常磐線をロケハン、直ぐに415系1500番代(ステンレス4連)1本を写しました。もうあの白電(鋼体車)は来ません。

墓参りを済ませ、帰り際に20分ほど撮影、直ぐにEF81電機の上り単機が通過しましたが撮り逃がし、続いて下り541M415系1500番代原ノ町行きを写し、その後5分ほどで下り651系スーパーひたちと思いきや・・・。
基本編成のトップナンバー車K101編成ですが、正面のLED表示を見ると「回送」でした。定期運用ではこの時間(11時前)には回送設定はありませんので、何の回送だったのでしょう。勝田からの予備車ですね。

 この場所は、かつての常磐炭鉱の面影を色濃く残す唯一の場所だと思います。子供の頃が懐かしいです。昔はここをC62やC60が走っていました。
後ろの小山の向こうには、スパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)があります。山は紅葉が始まっているのかな?

旧常磐ハワイアンセンターは、映画「フラガール」の舞台設定で、この撮影した地域を話題にしました。

2009/09/25(金) 秋桜 4
 今日も良いお天気でした。皆さま、初心に帰って気合い入れて行きましょう!有終の美 ってね、笑。

11T H7 71OT (八王子-豊田) いつもの畑で、この後の山線はどうだったのでしょう・・か?

2009/09/24(木) 秋桜 3
 今日も何とか晴れましたね。おっちゃんも張りきっていますよ。

33T H4 533T各駅停車 (八王子-西八王子) 俯瞰もイイですが、後追いもイイもんですよね、笑。

2009/09/23(水) 火災発生!
 今朝早く、高尾発の成田エクスプレス3号を写す準備をしていると、数分前から高尾駅の先にモクモクとキノコ雲が上がりました。

成田エクスプレスを写し、ケムリの方角に急行すると何と住宅火災で、約10分で全焼してしまいました。
最初の消防車とほぼ同時に到着しましたが、お家の奥さんが右往左往していました。

隣家にも延焼しましたが、何とか消し止めました。消防車は結果的に20台ほど集まりましたが、到着は遅いし、その後の放水まで時間が掛かり過ぎです。どのような訓練をしているのでしょうか?

出火の原因を奥さんに伺うと、どうやら娘さんのタバコの不始末らしいとの事でした。
私はタバコを吸わないので分かりませんが、タバコ一服でお家丸々一軒が焼けてしまうのは、恐ろしいことですね。喫煙者の皆さん、如何でしょう?(いつも吸わない人に気を配っていただき、ありがとうございます)

そんな成田エクスプレスです。(5時51分) 火災発生時刻は、5時45分頃でした。(私、第一発見者?)

2009/09/22(火) 写し損ない
 今日は、朝と夕方に自宅近くで撮り鉄してました。

201系のH4が、昨日からの流れで今日は29T運用に入ることがほぼ確実でしたので、早朝に、高尾発の成田エクスプレス253系と西八王子駅付近で離合するスジを狙いました。
読みでは、西八駅から八王子方のカーブ間ですれ違う筈でしたが、結果はキッチリと駅で離合し、跨線橋で狙っていたので外しました。(泣)

朝9時過ぎに通過する大宮発の「ホリデー快速河口湖3号」は、通常だと田町車の189系H61ですが、今日、目の前を通過したのは幕張車のマリ32の代走でした。カメラを準備しておらず、見逃しました。(泣2)

上りの「ホリデー快速河口湖4号」も所用で外出から戻れず、こちらも写せませんでした。(泣3)

朝、初めてお会いしました「日野写道楽」のTさん、お疲れ様でした。臨時特急の「かいじ186号」長野車は如何でしたか?
私は10時前に外出してしまい、写すことが出来ませんでした。(泣4)

てな訳で189系とホリ快繋がりで、Tさんとご一緒に写した「ホリデー快速河口湖1号」豊田車です。

2009/09/21(月) 都内へ
 昨日はこれ以上無いと言うような好天に恵まれ、そんなお天気の下、よこはま動物園ズーラシアに初めて行ってみました。

「よこはま」と言っても八王子からだと町田の少し先って感じで、JR横浜線の中山駅からバスが便利でした。関東の動物園もいろいろありますが、自然も多く入園料もお手頃で、自分としては動物園ベストワンに選びました。

 今日は都内の某水族館に行き、アシカショーやイルカショーを見学。都内のお天気は予報が外れ、一日曇り空でした。

水族館の見学の後は、大井ふ頭の中央海浜公園へ行き、お昼ごはんをピクニック気分で食べました。近くには「なぎさの森」があり、水鳥などを眺めました。

バードウォッチングの先には、東京モノレールが走っています。右端は、トゥインクルレースの大井競馬場。

2009/09/20(日) H4は25T
 早朝雲が出ていたものの、程なく青空に変わりました。空気が澄んでいて、気持ちの良い朝を迎えました。

9月5日の反対側で上りの253系成田エクスプレスを写し終え、下り接近の踏切が鳴っているのでカメラを構えると、何と201系でした。大月(山線)運用の高尾までの送り込み回送で、ゆっくりと通過して行きました。

25T H4 回525T (八王子-西八王子) 彼岸花を絡めてみました。オレンジ色の花はキバナコスモス

2009/09/19(土) シルバーウィークスタート
 大型の台風14号が接近しているものの、予想より東に寄っているので大きな崩れにはならず、明日は晴れの予報になっています。

今日からだと5連休になる初の銀色週間は、高速道路も相当渋滞しているようで、今回は特に遠出はしないで近場をうろうろする予定です。

鉄道も新幹線を中心に混雑しているようですが、地元を通る中央本線にも今日は臨時列車が何本も出ました。

 画像はその内の1本ですが、線路の近くの公園で遊んでいたら同年代の鉄チャンがカメラを構えていたので、慌てて仲間に入れさせてもらい写す事が出来ました。

臨時あずさ81号 N101 9081M (西八王子-高尾) 午前中の国鉄色2本は、山線では賑わったとの事

2009/09/17(木) 秋桜
 朝、お天気が良いのでいつもの豊田の畑でコスモスを写しました。

留置されていた201系のH4は、消えていました。

『秋桜』と書くと、山口百恵さんを連想してしまうのは私だけでしょうか?(笑)

2009/09/15(火) 久しぶりにトタへ
 めっきり秋めいて肌寒い一日だったように思います。一昨日の日曜日に成田空港の玄関に出た瞬間は蒸し暑くて参りましたが、今の季節的には今日のような気候が当たり前なのでしょうか?

丸々一週間留守にしていただけでまだ季節感が取り戻せません。 明日はまた暑くなりそうです。

 10日ぶりにトタに寄ってみましたが、201系H4がトタ幕で留置されていました。情報ではH4は13日から動いていない様子ですが、どこか具合でも悪いのかな?

H7が549Tで下って行きました。

4日に確認したMUE-Trainと同じくやまなみ+せせらぎ8連もいました。新しいN'EXもそのままでした。

2009/09/13(日) 帰国しました!
 とりあえずのご報告です。成田に15時過ぎに、自宅には18時前に到着しました。

ありきたりですが、疲れました。でも、それ以上の収穫はあったと思います。
ただほとんど非鉄ですけどね、スミマセンです。

添付画像は「世界の車窓から」(by テレビ朝日)を真似たような画ですが、あの「マチュピチュ遺跡」への観光最寄り駅(標高2000m)「アグアス・カリエンテス」へ向かう為の、ツアーバスとの乗り継ぎ駅「オリャンタイタンボ」で写しました。

駅に入場して先ず写したのがこの画像で、何がなんだか分からずに撮りました。右遠方には機関車が写っています。この駅から観光最寄り駅まで、約1時間半の乗り鉄旅が始まります。

偶然でしたが手前の車両(客車)に乗車しました。「マチュピチュ遺跡」は、右の山の彼方にありました。

2009/09/12(土) 「ナスカの地上絵」見学
 前日にチチカカ湖を見学し、湖畔のリゾートホテルに宿泊、翌朝プーノからフリアカ空港へバスで移動、そこから一旦空路で首都リマに戻り、リマからまたバスでパンアメリカンハイウエーを7時間かけて450km先のナスカまで移動しました。

ナスカで宿泊し、翌朝、地上絵を空と陸から見学しました。

画像は、6人乗りのセスナ機でナスカの空港を飛び立って、ナスカの街並みを写したところ、残念ながらナスカの街には鉄道は通っていませんでした。地上絵は、ここから10分くらい飛ぶと現れました。

2009/09/11(金) クスコからプーノへ
 マチュピチュ遺跡を見学した後は、標高3400mのクスコの街に宿泊しました。

クスコには夜の8時頃の到着になりましたが、途中、山の中で臨時停車し、漆黒の闇の中で一面の星空を仰ぎました。南の地平線方向に「南十字星」を確認、天空には「天の川」(ミルキーウェイ)がクッキリと見えました。こんなハッキリとした天の川を見たのは、生まれて初めてかも知れません。

翌朝はベンツバスが迎えに来ていて、今日は約380km先のプーノの街まで移動です。プーノは、世界で汽船が航行出来る湖としては最高地にある「チチカカ湖」の湖畔にある街です。

移動途中はどこまで行っても砂漠の高地が続きましたが、クスコからプーノまでは、鉄道線路と並走します。途中の峠で休憩しましたが、高度を示すカンバンには4335mと書いてあります。くどいですが日本の富士山は、3776mですよ。因みに今夜泊まるプーノは、3850mです。

プーノへの移動途中、線路が並行しているので何回か踏切を渡りますが、ペルーに来て踏切を何度と無く渡りましたが、一度も警報機や遮断機は見たことが有りません。もちろんクルマは一旦停止なんかしません。
一応踏切の手前に例のバッテン標識があるので、この先は踏切が有るんだなと分かる程度です。

このクスコからプーノまでの路線には、一日一往復の豪華観光列車が走っているそうです。ツアーでもこの観光列車に乗る企画があるそうですが、何せ時間が掛かるのとお値段が高いので、滅多に企画されないようです。約380kmを12時間以上掛かるようです。

前述の峠で風景を写していたら、近くの線路を小さなガソリンカー?がいきなり通ったので慌てて写しました。工事用なのか人を乗せる為なのか分かりませんでしたが、観光列車以外にローカル列車があるのかも確認出来ませんでした。

 画像は、途中のとある踏切を渡ったところですが、良く見て下さい。分かり難いですが、先ず手前のレールの上に何か乗っています。これは偶然小動物が線路を左から右に横切っている瞬間です。画像を拡大すると、鳥にも見えますし、ウサギにも見えます。
その先に鉄橋がありますが、手前の標識に○囲みで25と書いてあり、鉄橋の先には48と40と書いてあります。
恐らく、鉄橋を渡る制限速度が25km/hで、制限解除で48km/hと40km/hだと思いますが、何せスペイン語(だと思う)なので詳しい意味は分かりません。25km/hの標識の右には、四角い黄色のパネル、これは反対側にもありますが、「注意」の意味かなって思いました。
その先の線路上にも何かありますが、黒いのは人でレールの上の茶色いのが犬です。でその右(標識の下)には羊が十数頭群れなしています。これは、羊飼いが羊と犬を連れて線路を渡ったところみたいでした。こういった砂漠地帯を走行中に、いたる所で羊やリャマ(ラマ)、アルパカの放牧を見ました。

ここで、線路の幅(ゲージ)が気になりませんか?私がペルーに来て気になったのは、このゲージ(軌間幅)です。
数日前に乗車したマチュピチュの観光列車、クスコからマチュピチュまでの線路は、日本のJRなどと同じ狭軌(1067mm)だと思いましたが、このクスコからプーノまでの路線は明らかにそれよりも広く、日本の新幹線と同じ標準軌の1435mmに見えました。
残念ながらスケールを持ち合わせていなかったので計ることは出来ませんでしたが、クスコの街を移動中に、3線軌(3本レール)を見ました。その差は40cm位有ったと思います。

線路は画像の踏切の左右、見えている地平線の先何処までも続いています。このような景色は、一時間以上移動しても変化がありません。山岳砂漠地帯です。
手前の左などいたる所にある枯れ草みたいなものは、標高3750m以上に生える高山植物だそうです。

2009/09/10(木) ペルーレール
 マチュピチュ遺跡への一般的なアクセスは、「オリャンタイタンボ」から先は列車に乗るしか無いようでした。それ以外はインカ道を歩き(トレッキング?)で山登りをしなければなりません。2日は掛かるかな?

画像は、旧「アグアス・カリエンテス」駅です。旧駅は新駅の200m位先にありました。

新駅は主に観光客用で、頭端式2〜3線があり、旧線の10m位高台に造られていました。
旧駅は、地元のマチュピチュ村民やペルー人などの一般客が利用しているようでした。

写した列車は到着したばかりのローカル列車(一般客用)で、客車が5両で客車の両端に一両づつ貨車を連結した7連の混合列車でした。
この列車の機関車は、ぺルーの鉄道では一般的なディーゼル機関車が牽いていて、C+CのDF型でした。
鉄道会社は「PERURAIR」(ペルーレール)で、資本はヨーロッパで有名な「オリエント急行」との事です。どおりでブルーで良く似ていました。

この撮影場所の200m位手前の高台に新駅があります。この先はまだ5〜6kmは営業路線がありました。

2009/09/09(水) マチュピチュへ
 クスコの街を見学した後は、高山病対策として海抜高度の低い『ウルバンバ渓谷』に宿泊しました。

ウルバンバには日が落ちてからの到着でしたので、翌朝ホテルの周りを見渡すと、四方を小高い山々に囲まれた小さな村の中に、こんな所にホテルがと云う印象でした。

快晴の空の下を、30人乗りの中型ツアーバスでいよいよマチュピチュへ向けて出発です。

ツアーバスとの乗り継ぎ駅「オリャンタイタンボ」に向かう途中、鉄道線路が見えてきました。

一日数本しか走らないこの路線に、何と列車が走っているのが目に止まりました。

私達が向かっている方向に並走しているので、何とか写したくてカメラを向けていると、途中の小さな駅で追いつきました。

まるで鉄道模型のような光景です。DLが牽く客車列車で、ドームカーが連結されています。

2009/09/08(火) アンデス山脈を越えて
 首都リマから国内線のラン・ペルー航空(LP027便)で一路クスコの街へ。

途中、アンデスの山々を見下ろしながら、インカ帝国時代に都として栄えたクスコの街に到着。標高が3400mなので酸素が平地の約70%位しかありません。

日本の富士山が3776mですのでその高さが比較できます。いきなり飛行機から降り立ったので高山病の症状が出てきました。軽い頭痛がします。

今日は一日クスコ市内観光と近郊の遺跡を見学しました。頭がボーっとしたままで・・・(笑)。

明日はいよいよ今回の旅のハイライト、マチュピチュ遺跡を見学します。

ラン・ペルー(A319-D50、CC-COU)の機内から写したアンデス山脈、下の茶色い部分は4000m級の山々、遠方の雪を被った山は、恐らくボリビア国の「イリマニ」山系だと思います。

この季節雪を被った山は6000m級です。眼下の山々には、ほとんど木々が生えていません。

2009/09/07(月) ペルーの首都はリマ
 いよいよペルーに到着しました。

ロスからぺルーまで、お隣の国チリのラン航空LA601便サンチャゴ行き(B767-300、CC-CEB)に乗って約8時間30分、首都のリマに到着です。

リマ着は現地時間で5日夜の11時50分(日本時間6日13時50分)、日本とぺルーとの時差は-14時間で、アメリカのようなサマータイムはありませんでした。
成田からぺルーまで、ロスでの乗り継ぎ時間(トランジット)を含めると、約23時間掛かりました。

空港で荷物を受け取り、リマ市内のホテルに移動、明日の予定を打ち合わせして部屋に落ち着いたのは夜中の3時、最初からやれやれの行程です。

4時間半ほど睡眠、8時半に朝食を済ませ、初日は軽くリマの市内観光をして時差ぼけと明日からの強行軍に備えて体調を整えます。

 画像は市内観光の途中、ツアーバスの車内から写したリマの鉄道施設です。
画像の左までが電化されていて、右は恐らく線路だけ敷設されているのだと思います。後で分かったのですが、営業区間は空港近くの「ホルス・チャベス」から、この画像の左「ビジャ・エル・サルバドール」までの6駅で、いわゆる市内電車(地下鉄では無い)だと思います。

残念ながら車両は確認する事が出来ませんでした。ペルーの鉄道事情は、追々書きたいと思います。

2009/09/06(日) ロスアンゼルス空港到着
 南米ペルーのツアー行程を、つれづれ日記風に簡単にまとめてみます。が、ほとんど非鉄ネタですのでご了承願います。

詳細を順次追記しながら更新して行きます。

 で先ずは一日目、5日の成田(14:55)発大韓航空機KE1便(B777-200、HL7531)で、一路アメリカ西海岸のロスアンゼルス空港に向かいました。
ロスアンゼルス空港へは、ペルーへの乗り継ぎのために一時立ち寄ります。

日本とロスとの時差は-17時間ですがアメリカはまだこの時期サマータイムですので、1時間プラスの-16時間。

成田をほぼ定刻に離陸、ロスまでは約10時間のフライト予定が約40分の早着で、現地5日の8時20分(日本時間6日0時20分)に到着しました。

画像は、約5時間弱の乗り継ぎ時間を利用して空港の外に出てみました。
アメリカ本土に降り立ったのは今回が初めての経験、快晴のお天気で空気は乾いていて吹く風が心地よいですが、日向では日差しがチリチリとします。

奥の建物が国際線のターミナルで、この2階が出発階で1階が到着階でした。クルマは左回りの一方通行です。手前の国内線ターミナルビルから写しています。

2009/09/05(土) 留守しま〜す!
 お早うございますー。久しぶりに気持ちのイイお天気になりましたネ〜。

今朝は、昨日27T運用だったH7が東京始発で下って来るので、地元で一往復を写しておきました。

ところで、これから(と言っても朝の9時前ですが)成田空港に向かいます。
午後3時頃の国際線に搭乗するためで、南米のペルーに一週間ほど旅してきます。

次回のこの日記のカキコは、早くて来週13日の日曜日になります。それまでので暫く留守にしますので、皆さま留守番をお願い致します。(笑)

ペルー滞在の様子は、特集でも組んでご報告する予定です。チョッピリですが、列車にも乗車する機会があります。お楽しみに・・・。

では、行ってきま〜す!

 画像は秋の花、キバナコスモスです。この後スグに上りの成田エクスプレスが通過しましたが、写し損ないました(笑)。モロ逆光ですね。

29T H7 429T(各駅停車)(八王子-西八王子) 返しの上りは、百日紅(サルスベリ)の花と絡めました。

2009/09/03(木) 涼し過ぎますね〜
 きのう夜久しぶりに毛布にくるって寝ました。昼間の吹く風は涼しく、日影にいると肌寒い一日でした。

トタセンターのMUE-Trainは、一昨日の18番留置から移動していて、昨日と今日は9番の1区に留置されていました。
ただ今日は朝早くからパンタが上がっていて、何やら準備をしていました。
編成は、サヤが欠車の6連です。

左端には、クハ201-1とクモヤ145-120が見えます。

2009/09/01(火) 台風一過
 昨日の台風11号は、朝から関東方面に向かって来ましたが、正午ごろから2時間程度が雨、風ともピークであったものの、大きな被害をもたらさずに北東方向に抜けて行きました。

今日は防災の日で全国で防災訓練が行われたようですが、今日が台風通過だったらどうなったのでしょう。

台風一過の今朝、トタセンターに209系MUE-Trainが留置されていましたが、サヤがつながっているのかは見えませんでした。

昨日朝まで1番レーンに留置されていたEast i-Eは消えていて、代わりに201系のH4が2日連続で77Tを掲出して出区準備をしていました。

MUE-Trainと新N'EXとの並びもそのうち貴重になるかも・・・。 (昨日の日記追記しました)


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