竜記
ベトナム徒然日記
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2005/11/28(月) ひさびさの
学校がある日の一日。
朝起きてネットして、昼外大の先生とインドカレーくった。
学校行って、ひさしぶりにチュック先生の軽いノリの授業受けた。
お土産にハノイ産の梅干をクラスメイトに、サパ煙草を先生に配った。
そのあと、カフェにコーヒー一杯で4時間くらいこもった。
晩飯は一人で平民食堂で食って、ネット屋に来た。
ずっと旅してたからこーゆー一日もなかなか悪くない。

明日からまた早起き生活が始まる。
今、見てみたら日記に全然書いてなかったけど、
ハノイに行く前から、クアンチュンてとこにあるソフトウェア工業団地に通ってる。
朝8時半から昼の12時まで。

そこの感想ちょっと書くと、
SEってのはもう日本人の職業じゃない気がする。
そーゆー仕事はベトナムとか中国とか安くて能力のある場所へ流れていくから。
実際そこの現場には一流の工科大学卒業生の、プログラミングからそのスケジュール管理までこなせて、
日本語ペラペラのスタッフがいっぱいおるし。
言語情報学科って何やねん?
文系でSEなっても理系の奴に勝てるわけないがな。

2005/11/27(日) HA NOI
ハロン湾からハノイに帰って来て、先に宿取ってくれてたAPUの友達と合流した。
APUって立命館アジア太平洋大学の略で大分県にある大学らしい。

てか、ハノイ→ハロンの行き道は2時間程で着いたのに、
帰りは何故か4時間くらいかかった。
途中で乗りそうな奴がおる度に人拾うし、おまけにイチイチそいつらが運賃について口論するから、
何かのトラブルでしまいに休憩所でバス乗り換えさせられる始末。
しかも、その気まずいムードを和やかにしようと思った奴が、
いきなり演歌みたいなん歌いだして大合唱が始まって苦痛極まりなかった。

ハノイでは気を取り直して、そのAPUの友達と外大のハルと合流してヤギ焼き肉。
やっぱハノイで食ってもうまいな。ちょっとタレの味がちがった。
そのあと、HIGHWAY4って飲み屋に行って、
メニュー見た後、「この列の酒全部下さい」って注文したら、
色とりどりの地酒的な果実酒でテーブルがいっぱいになった。

2005/11/26(土) ひさびさの
2週間も日記をさぼってもーた。
書くことはいっぱいあるねんけどなー。
一回さぼったら面倒くさい病が発病してまうわ。
今週一週間は首都ハノイの方に旅行行ってた。

サイゴン→ハノイ 2時間 飛行機
ハノイ→ラオカイ 12時間 夜行列車
ラオカイ→サパ  1時間半 バス
サパ 2泊
サパ→ラオカイ  1時間半 バス
ラオカイ→ハノイ 12時間 夜行列車
ハノイ→ハロン  3時間

んで、ハノイに帰ってきて2泊して昨日の夜サイゴンに帰ってきた。
旅日記は写真とともに更新していきますー。
ちなみに、
ラオカイはベトナムの北の端。中国との国境がある省。
サパは山岳地帯。少数民族で有名な省。
ハロンは世界遺産にしていされてるハロン湾がある。
この旅かなりアツかった!
うん、日記書く気も出てきたかも。

2005/11/24(木) ハロン湾A
ハロン湾行きのバスがどっから出てるんか分からず、
あっちに人に聞き、こっちの人に聞き、
やっとのことで乗った55番のバスが俺らをハロン行きのバス停へ運んでくれた。
そっからはいたって順調やった。
バスの中で生まれて初めて食ったサトウキビの美味さに感動し、
眠たくなったら座席2個分足伸ばして寝てるうちに到着。

こっから船に乗らなアカンねんけど、ツアーじゃないからこれまた探さなアカン。
でも、バス降りた瞬間いろんな人が寄ってきて探す手間も省けたけど。
簡単な交渉で二人で25万ドンで貸しきれたメリー号は怪しさ満点。
いつトラブルが起こるんかとビクビクしてたけど、
それを打ち消すような天気の良さと静まり返った海。
ハロン湾の爽やかな風を切って、ゆっくりと進むメリー号。
途中、鍾乳洞見学に船を降りた時こそ、荷物のでかいリュックごとメリー号がどっか行ったと思ってヒヤッとしたけど、
ちゃんと別の場所にいましたー、疑ってごめんメリー号とその船長。
さっきまで生きてた鯛とイカを船上で調理してくれて、
謎のめっちゃキツイ地酒も頂いて大満足。

2005/11/23(水) ハロン湾
目が覚めるとほぼ同時にハノイ駅到着。
体が疲れてたせいか夜中一回も目が覚めることのない深い眠りやった。
にも関わらず、めっちゃ体ダルいし頭もしんどい。
このままバスに2,3時間乗って世界遺産ハロン湾に行くハードスケジュールやのに。
とにかく眠たい目こすって、視界に入ったフォー屋に入って牛肉フォーを腹に詰め込んだ。
ほんまは鶏肉フォーが食いたかってんけど、さすがにもうどこの店も鶏肉は置いてない。
味はイマイチ。フォーはハノイのほうがうまいらしいけど、ここのフォーはそんなうまくなかった。
んで、フォー食い終わってからが大変やった。

旅行会社のツアーで行ったら高くつくから、自力でハロン湾に行くプラン。
ローカルバスがハロンに向かって出てると、「地球の歩き方」が示すロンビエンバスターミナルにバイクタクシーで行った。
途中でバイタクのおっさんが、「そっからハロン行きのバスは出てへんぞ。」って言う。
でも、そんなん鵜呑みにして違う場所に行かれて余計に金請求されんのはもうこりごりやったから、
とりあえず行って確かめることにした。
おっさんの言葉は正しかった。以前はそっから出てたらしいけど、どうやらハロン行きは違うバス停に変わったらしい。
最新版「地球の歩き方」のくせに。。。

2005/11/22(火) LAO CAI
ハノイからの列車はラオカイまでで直接サパに行かれへん。
だから、サパに行くにはラオカイでバスに乗り換える。
帰りも同様、サパ→ラオカイ→ハノイ。
朝起きてバス乗って、午前10時頃ラオカイに到着。
でも、ハノイ行きの列車は夜出発の便しかないからラオカイ探索をすることに。

ラオカイは橋の向こう側には中国がある省。
俺はシングルビザやったから渡られへんかったけど、ひろさんが渡った。
橋一つ超えただけでベト語は一切通じへんし、英語も通じへんし、
おまけに両替もできへんかったらしく写真だけ撮って帰ってきてたけど。
ラオカイ駅の横の平民食堂で飯食ったら、二人で5万ドンとか言われてぼったくられた。
謎の「川魚の煮付けウロコ付き」料理がクソまずかった。
でも、5万ドン。

残りの時間はバイク借りてドライブして、ビリヤードしてつぶした。
夜に列車に乗り込んで、約12時間の睡眠移動。

2005/11/21(月) トレッキング
今日は、朝早起きしてトレッキング。

ホテルが組んでくれるツアーに参加した。
ドイツ人、マーティンとベロニカ、日本人のミツコさんと俺ら2人の計5人。
トレッキングってただの散歩程度やと思ってたら、だいぶ違うもんでかなり面食らった。
途中からかなり足場の悪い泥道になって、滑ってコケて田んぼにはまって、
ホテルに帰ってきた時にはスニーカーは泥だらけで中まで水が染み込んでた。
この時期天気悪いらしく、ずっと霧の小雨が降ってたし道もドロドロやった。

内容はかなりいろんな民族見れて満足。
みんなかなりオシャレさんやし。あれってほんまに普段着なんやろなー。
あと、びびったんは鶏がそのへんにウロチョロしてたこと。
鳥インフルエンザとか恐れてないんやろな。
もちろん、豚も牛も犬もみんないっしょに暮らしてるって感じやったけど鶏だけはさすがに気持ち悪かった。

少数民族の子供はめっちゃかわいいかった。
物売りの子とかずーーーーとつきまとって来て、
あまりにかわいかったから2000ドンあげたら、
一瞬どっか消えたけど10分後くらいにまたやって来て、
「これ買ってー買ってー私のために買って−!」ってゆーてたな。
かわいい奴等やで、ほんま。

夜は部屋についてる暖炉の薪を燃やすのを楽しんだ。
焚き火ってずっと見てても飽きへん。
暖炉で昼間にぐちゃぐちゃになった靴乾かして寝た。
この日はngu ngon!

2005/11/20(日) SAPA
寝てる間に移動できるってのはかなりお得な気がする。
ってゆーてもサパに行くためには、ハノイからこの夜行列車に約12時間乗ってラオカイまで行き、
そっからバスに約1時間半乗って行くしかない。
夜行列車は思ってたよりずいぶん綺麗で快適やったけど、
線路を走る列車のキキキキーって音に時々目が覚めて、
その度に空腹と列車とは思われへん上下の揺れに気持ち悪くなった。
でも、疲れてたせいかかなりガッツリ睡眠とれて良かった。

朝の8時ころにサパに着いて、夜に泊まるホテルを適当に決めた後市場に行った。
そこに集まる独特の民族衣装に身を包んだ少数民族を目にしてかなりテンションがあがって写真撮りまくった。
昼過ぎになって、これから何をするにも中途半端になったからハムロン丘ってとこに上ることした。

霧のような雨の中、ハムロン丘を登り始める。
ってゆーても丘ではない、ただの石段。
動いてなかったらかなり寒いのに、登り始めたらすぐに暑くなる。
しかも普段の運動不足がたたって、すぐに息があがって足がプルプルしてくる。
30分くらい登ったとこに、休憩所みたいなとこがあったからそこで一休み。

そこには一人のサパの女の子が店番をしてた。
名前はハンちゃん。
このハンちゃんが俺らのグダグダ山登りをおもしろいものにしてくれた。
あ、ちなみにこの旅は東外大の院生ヒロさんって人と2人で行ってた。
ヒロさんはベトナムで仏教の研究してる人。
ハムロン丘の頂上付近で凍えながら、3人で焚き火やって3時間も喋ってた。
旅は出会いがあっていいなーって、こん時実感したなー。
一期一会。
なんで、一期一会かって?
だって、その日の晩飯サパのおいしい店案内してくれるって携帯番号交換してたのに、
夜になって何回電話しても出てくれへんし。
まーそゆこともあるわな。
また、ハムロン丘に行くことあったら会えるわ。

2005/11/19(土) いざ出発
午前6時、かーんなり眠たい目にコンタクトをはめ込んで、タクシーに乗り込んで、空港に到着。
空港で朝飯に頼んだワンタンメンのワンタンの中身にエビがたっぷりでヘコむ。
離陸後、出された機内食のショボさにさらにヘコむ。
着陸後、ハノイの寒さにヘコむ。

ホーチミンじゃ長袖なんか年中必要ない。
でも、ハノイには四季があって今は冬。
そんなことは知ってたけど、長袖の服とか持ってへんし、
同じベトナムでそんな寒いなんて信じられへんかったからTシャツ1枚で行った。
だってベトナムやで。「寒い」わけないやん。って感じで。
だから空港からのバスに乗って市内のバス停で降ろされて、
そっから市内の中心まで行くためにバイクタクシーに乗ったときには寒すぎて歯ガチガチした。
実に8ヶ月ぶりに「寒い」って感覚を味わった。
Tシャツ姿の人は一人もおらんくて、みんなジャケットとかジャンパーとか着てて、なんか中国っぽいなーとかも思ったけど。

そこでまず市場に行って、ジャンパー買って、
道が全然わからんから「地球の歩き方」ぐるぐる回しながら行きたいところへ向かった。
方向音痴やから。地図はぐるぐる回して見なよくわからん。
今日の目標というか予定は、その夜出発のサパへ向かうためのラオカイ行き夜行列車を予約すること。
かなり「歩き」に頼ったことと、全然聞き取られへん北部弁に疲れ果てて、
ホーチミンのがやっぱええわぁ。と思ったけど、この時はまだまだハノイの魅力に全然気づいてなかった。
というか、そんな余裕がなかったな。

スムーズではなかったけど、無事に夜行列車のチケットも取れた。
出発までのひと時を、ハノイに留学中の大阪外大生達と過ごせてかなりリラックスできた。
旅先で知ってる人に会えるってのはかなりホッとするもんやな。
今日一日、駅に行ってはチケットの販売時間外で無駄足くらったり、
バイクタクシーに乗っては、全然ちゃう目的地に連れて行かれて何十分も市内グルグルまわったりで、
かなり体力的にも精神的にも削られたから、
この夜行列車乗るまでのひと時はほんまに楽しかった。
列車に乗ったらそっこー爆睡。
10時半とかに寝たのっていつぶりやろ。

2005/11/18(金) 旅の始まり
ベトナム航空のオフィスに向かう。一昨日、昨日と来て3日目。
値段の確認、空席の予約、を念入りにしてたにも関わらず、
旅の出発日にハノイ行きのチケットを購入することにしたのは、
他でもなく、ビザの延長手続きが遅れに遅れたせい。
国内旅行でも飛行機乗るのにはパスポート必要やし。

夕方3時半にようやく念願のビザが延長されたパスポートが手元に戻ってきてひと安心。
そのままの足でベトエアのオフィスに向かう。
チケットを買おうとしたところ、衝撃の事実を突きつけられる。
「今夜の便チケット売り切れです。」

昨日の夕方時点では20席も残ってたのに。
仕方なく、他の航空会社の翌朝の便を利用することにした。
んー荷物全部リュックにまとめてたのに。
そこまでハノイに行かれへん運命なんかとへコんだけど、
その夜もいつもどうり、3時頃までビールを飲んで、
5時半起床って厳しい条件を頭の片隅にしっかり植えつけて、
極めて浅い眠りについた。
ベト語じゃ「おやすみ」を「ngu ngon」って言う。
「ngu」→寝る、「ngon」→おいしい
でも、全然 ngu ngon じゃなかったな。

11月絵日記の続き


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