〜ing〜アメリカつれづれ日記
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2005年8月
前の月 次の月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新の絵日記ダイジェスト
2019/06/13 すごい2
2019/06/12 すごい1
2019/06/06 年をとっている。。。悲
2019/06/05 はじめてのこと
2019/06/03 くそ!!!(笑)

直接移動: 20196 5 4 3 2 1 月  201812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201412 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201312 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201212 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 月 

2005/08/30(火) 取材者とは
新刊書をマスコミに送るので知人がいたら教えてほしい、と編集者に言われて、昔の名刺をひっくり返した。ああ、こんな人もいたな、あの記事を書いたときに出会った人だな、と、自分がここまで来るのにいろんな人に出会ったことを改めて実感。でも、果たして向こうは私を覚えていてくれるものだろうか。もう10年近く前の話だし、と非常に疑問に思いながら、某新聞社の東京本社に電話した。私のことを記事にしてくれたときは、新聞社の旗を立てた車と運転手つきで、私のプロジェクトを取材してくれた人である。名刺には単に記者とあった。すぐに電話に出てくれての第1声が「おひさしぶり」ええっ、こっちは拍子抜けもいいところである。「覚えていてくださったんですか」よっぽど印象深かったのだろうか。。ひとしきり話をして、電話を切った。あとでネットで調べると「社会部部長」とあった。そうかあ。。でも、肩書きはみじんも出さず、ていねいにいろいろ教えてくださった。「取材」ー自分自身の経験も含めて、不思議な人間関係を紡ぐ行為だと思う。

2005/08/28(日) エメットテイル
今日は、エメットテイルさんの命日だったのでーちょうど50周忌であるーシカゴの歴史協会でイベントがあって行ってきた。50年前にテイルさんといっしょにミシシッピにいった人は、事件後牧師となり、今日のイベントにパネリストとして来ていた。今日、はじめて知ったことだが、テイルさんのお母さんは、息子が殺されたあと、小学校の教師となったそうな。。。息子の死を絶対に無駄にはしまい、とする強靭な精神を知って、エネルギーをもらって帰ってきた。。牧師となったパーカーさんが言った、any of us has a chance to make a difference。たとえ無残な残酷な殺されかたをしようと、息子を失うという絶望的な状況におかれようと、それぞれの人間が生まれてきたことに意味があるーmake a difference-私が大好きな英語のフレーズが聞けて、いい午後となった。

2005/08/25(木) 翻訳
寿子さんから翻訳が届いた。英語を声に出して読む。文章のリズムがどれだけ気持ちよく響くかで、文章のよさがわかるからである。リズムから、書いた人間の気持ち・考えがすっと読む人間に入っていけばいい文章ということになる。本の音読はリンカーンさんもしていたらしい。要するに、コミュニケーションの手段である言葉は、音になってはじめて意味をなすということだ。。学者が書いた本が退屈なのは、コミュニケーションを本来の目的にしてないからだろう。一方、リーダーとなる人間は演説が上手ーつまり音のコントロールで人の気持ちをつかみ、動かす、という技術をもっていなければならない。演説の内容なんてほんとはどうでもいいことである。どうせ音は消えるんだから。。それよりも大事なのは、音を聞いてその気にさせること。。まるで、教会でパイプオルガンの音を聞けば、賛美歌が賛美歌らしく天国が近く感じられるかのように。。私もそのあたりに才能があれば、私と娘の関係ももうちょっと穏やかだったかもしれない。。(悲)リンカーンさんは、音読の重要性を誰かから教わったのだろうか。本能的に知っていたとしたら、生まれながらの政治家ということになろう。

2005/08/23(火) 収容所
週末に、ドイツ人の戦争捕虜が収容所のバラックの壁に書き残したという落書きを見てきた。ほんとに60年たってるの、と思わせもしたけれど、日系アメリカ人の強制収容所の壁の日本語の落書きもきれいに残っていたから、ああ、こんなものかな、と。。それにしても、こういう落書きって、貴重な歴史的資料の一部だと私なんかは思うけれど、アメリカ人は誰も博物館に保存しようとは思わないらしい。。どうしてかな。。。アメリカ政府の敵となった人間のことだからかなあ。。

2005/08/16(火) 翻訳プロジェクト
やっぱり翻訳者の寿子さんから、要旨を短くしたほうがいいとのアドバイスを頂いた。アメリカ人のご主人もそうおっしゃるし、こちらの同居人も「その通り」とただうなづくのみ。ということで、一生懸命半分よりちょっと長いぐらいの分量にして返送。私は文章が長いという欠点がある。でも、長いのを短くするのはある意味で簡単だから、ほっ。まだ長すぎるきらいがあるかも。。。

2005/08/15(月) オークパーク間違い
よく年をチェックしたら、ライトさんが恋の逃避行(言い方次第で、なんと印象が変ることだろうか)をしたのは1909年、へミングウエーさんが高校を出たのは1917年。ライトさんのダブル不倫騒動で町が揺れてた(はずの)ころ、へミングウエーさんはまだ10歳ぐらいだから、それほどインパクトはなかったかもしれないけれど、早熟だったに違いないから、やっぱり大人たちの話に耳を傾けて、ふんふん、とうなづいていたのでは。。。それにしても、ライトさんもへミングウエーさんも結婚は早いなあ。。女たらしでさあ。。。そう思うと、ますますリンカーンさんの堅物ぶりが光るなあ。。

2005/08/14(日) イリノイ
オークパークの話をチェックしていたら、40を過ぎたフランクロイドライトさんが不倫相手の人妻とヨーロッパに駆け落ちしたころ、ご近所のへミングウエーさんは高校生だった模様。酒場もパチンコ屋(笑)もなかった”かたぶつ”オークパークの町は、さぞかしてんやわんやの大騒ぎだったことだろうなあ。私もその時、そこにいたかった。。(笑)それとも、ビクトリアンの価値観に縛られていた町の人々は、表面上は冷淡・無関心を装って、「ふん、そんなお下劣な話は、私どもとは関係ございません」と鼻高く、すましこんでたかもしれない。そのくせ心の中では「ああ、いいなあ、私もやってみたい」とうずうず。。嫉妬心から、ライトさんと人妻チェニーさんへの風当たりはかなり強かったに違いない。。へミングウエーさんが、オークパークを偽善のかたまりと感じ、嫌っていたという気持ちがよくわかる。。

2005/08/12(金) 藤田さん
藤田さんが卒業したとされるシカゴの高校をチェックした。なんと1904年に有名な建築家が建てた学校で、シカゴのランドマークとなっている。1920年代にはシカゴで最初のアフリカ系アメリカ人の高校となり、80年以上にわたってアフリカ系の主要な教育センターだったとか。ナットキングコールの出身校だとも。ふ〜〜んと思うことしきり。。何でも調べてみると奥が深い。。

2005/08/11(木) リンカーンの国から
今年の7月に行った「リンカーン足跡旅行」の一つ、デイケーターその1を片付けた。発見したことーリンカーンはパラサイト元祖だあ。

2005/08/09(火) 翻訳プロジェクト
できたあ、やっと自分でも納得のいく本の要旨ができあがったあ。。ほっとだあ。。翻訳者の寿子さんは、A4用紙に1枚とかおっしゃってたけど、2枚以上になった。。でもこれが私が言いたいこと、売りこみたいことなんだから仕方ない。あとは寿子さんに送るだけ。。。よろしくお願いします。。(ぺコンー電話の前でお辞儀をしている気分)

2005/08/07(日) 翻訳プロジェクト
朝から一日、頭の中は本の要旨を書かねば、というプレッシャーではちきれそう。18年前、渡米直前に買ったシャープのワープロ「書院」の前に座ったり、立ったりしながら、やっとこさほぼ雛型ができた。。あともう少しだあ。。それにしても、スクリーンには文章が2行しか出ないという超アンチークだけど、これで長年書いてきたと思うといとおしい限り。。ひと袋感熱紙200枚入りという製品はもう買えそうにないけれど、ファクスの用紙で十分に用が足せるということが判明してほっ。残るはリボンの問題。リボンが買えなくなったら、この器械ともどうしてもお別れみたい。。。(悲)

2005/08/05(金) 翻訳本
やっと売りこみのための本の要旨に手を入れ始めた。いろんな思いが交錯して、書きたいことが次々に出てきて、なかなか考えがまとまらず、前に進まない。でも、どんなに時間がかかっても、これこそがほんとにするべき仕事、と自分に言い聞かせて、少しずつでもがんばるのみ。。

2005/08/04(木) シカゴのナチ
きのうのトリビューンによると、第2次大戦中、元ポーランド(現ウクライナ)のナチの支配下にあった町で、警察官をやってた男が、ユダヤ人虐殺に手を貸したという罪で裁判にかけられているそうな。。86歳のシカゴの元大工さんとか。。有罪が決定すると、アメリカ市民権剥奪と国外追放とか。。勝てば官軍、負ければなんとかー戦後60年、怖いことである。。


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.