〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2006/01/30(月) 確定申告
また税金の季節がやってきた。毎年、このころから気が重くなる。でもやらなければならない。自分の払うべき税金額を自分で計算して、余分に源泉徴収されていたら払い戻してもらわねばならない。その逆なら、払わねばならない。そうやって、自分の払う税金がどんな使われ方をされるか、見張る社会土壌と意識ができあがる。日本の日本人は「自己責任」という言葉を使いたがるが、社会は自分たちがつくっていくもの、自分たちの力と意識で変えていくものというメンタリティがないところに、「自己責任」という言葉だけが一人歩きして、何やら「公」が責任逃れする言い訳に使われているような気がする。お上のいいなりになれ、を強要するネガティブな社会に「自己責任」という言葉は存在しえない。アメリカの自己責任は、社会にコミットしていくのは個人の責任と権利というコンセプトから出発、確定申告もそのコミットメントへの手段のようなものだ。やらなければならぬ。あの職員の態度は、人種差別だ、と郵便局に文句を言いに行くためには、やらなければならぬ。。ああ、わかってるけれど、やっぱり疲れるなあ。。

2006/01/29(日) ファンクラブ
ひょんなことで、和田アキ子さんのファンクラブの一つと出会った。「和田アキ子みたい」と言われ続けた人生を送ってきたのに、ファンのの気持ちなど考えたこともなかった。ファンになると、身体の大きさなど気にならないとか。。そう聞くと、すごく不思議な気がする。実際に会うと小さく感じるとか。。これまた、すごく不思議な気がする。一体メディアは何をしてるのだろう。一度和田さんのステージを見にいかねば、という気持ちも起こってきた。こういう気持ちの変化もすごく不思議な気がする。。人間って、生きてるってほんとに不思議なものだ。

2006/01/26(木) 二兎を追うものは一兎も得ず
相変らず、どうしても気持ちがおさまらないから、一体いくつのプロジェクト(?)を抱えこんで、一人うんうん言ってるのか数えてみた。。1 リンカーン 2 イリノイ 3 翻訳 4 和田アキコ(外向き) 5 和田アキコ(内向き)6 人民新聞 7 フジタジュン 8 ウエッブの更新 9 助成金申請 といったところか。。。何やら、寝てもさめても、このうちのどれか一つに取り組んでいないと気分が落ちつかないらしい。そのわりには、どれ一つとして片付かないから、気分が悪くなる。。。ああ、一日だけでもいいから、何もかも忘れててぼおっとしたいなあ。

2006/01/23(月) リンカーンビデオ
リンカーンの鬱をテーマにした番組が放送されたが、見逃したので、ほかのリンカーンシリーズも含めて買うことにした。何やら、リンカーンが買春した話なども載ってるんだって。。。ああ、楽しみ、楽しみ。。。偉くなると大変だあ。。嘘もほんともごちゃまぜで、何でも話の種にされるから。。(笑)

2006/01/21(土) 和田アキ子さんの解題
大雪が降った翌朝、きれいに晴れ上がった。気持ちがいい。大学の冬休みでニューヨークから帰ってきて、3週間も家に滞在、若いエネルギーをふりまいて、ふりまわされた老体の心と身体にもやっと通常の平穏が戻りつつある。零下10度では、今日は雪は溶けないだろうけど、時間が経って雪がゆっくりと消えていくように、私も日々の生活のリズムを少しずつ取り戻したい。と同時に、日本の極小メディアに頼まれている原稿を少しずつ書いていこう。和田アキ子の解題である。いろんな問題がからみあっている。それをときほぐしていけば、また見えてくるものがあると思うのだ。

2006/01/17(火) マイク正岡
翻訳プロジェクトもなんとかコンスタントに進めたいと思い、オリジナルの英語の本と、TBSブリタニカ出版の日本語訳と、そして自分の書いた本の3冊をひねくりまわしはじめた。そして面白いことを発見した。私の本が”敵”としたバナナのマイク正岡氏の言葉を、私の本の中で引用したものだから(引用は日本語訳から)、その原文を正岡氏の原本から探したのである。ところが、原本にないのである。記述そのものは、正岡氏の母親が1954年にアメリカへの帰化試験を受けたときの話である。どちらかといえば、移民局を非難するとまではいかないけれど、ちょっと落胆失望した、みたいな内容である。英語では書かなかった、書きたくなかった、というのはバナナの正岡氏の心情としてはよくわかるが(使っているのは1987年初版本)、なんでその話がけっこう詳細に日本語訳に出ているのかがさっぱりわからない。正岡氏は戦時中は日本を忌み嫌い、アメリカへの絶対的な忠誠を誓って、日本語話者の日系2世を裏切ることも躊躇しなかった人物である。(少なくともそれが私の本のテーマ)それなのに、日本で自分の本が翻訳されて出るとなると、ちょっとリップサービスでもして、自分の母親のことでも書いておきたくなったのだろうか。いやいや、あの計算高いすばしっこい正岡氏のことである。日本人にリップサービスなどするはずがない。理由があるとしたら、ほれみたか、私の母親はアメリカのほうがいいから、日本人を捨てたんだよ、と胸でも張って言いたかったのではなかろうか。原本にあって、訳書でははぶかれたというのならわかるが、その逆とは。。まあ、とにかく奇妙なことがあるもんだ。。

2006/01/16(月) 黒人問題
最近、気分がすっきりせず、仕事も進まない。脱力感にずっと襲われている。今日元気を出して、また本を読みかけたが、無気力な原因の一つは、自分の頭ではとうてい消化しきれないような領域に頭をつっこんでしまったせいではないか、と思う。奴隷制反対といっても、それはもういろんなパターンと程度があるわけで、現代の感覚では差別に他ならない「白人と黒人は同居できない、アフリカに送り返してしまえ」という考え方も、当時では奴隷制反対派に属するわけで、理解し咀嚼するのにかなりの時間とエネルギーを要する。疲れる〜〜〜。いつになったら頭がすっきりするのかと先を思うと、ため息が出て仕方がない。。

2006/01/11(水) シカゴ大学図書館
フジタジュンさんが属していたシカゴの詩人サークルの特別展示があるというので見に行ってきた。展示そのものは、ぜんぜん期待はずれだったけど、サウスダコタ時代からいろいろお世話になってきた東アジア図書館の奥泉先生と話ができてよかった。だいたいああいう展示では、サークルが輩出した有名な人だけに光を当てるから、フジタジュンのような人と編集者との交信は、あったとしても大きなダンボール箱にばさっと一括してほうりこんである可能性大とのこと。。聞けば聞くほど、仕事の多さにうんざりしてくるけど、それだけにやりがいもあるというものだ。。(要するに、売れないライターとしては暇つぶしになるということである−笑)あと図書館で、時間つぶしに古い雑誌「文芸」を読んだ。文芸誌なんて読んだことはなかったが、山田詠美がデビュー20年ということで、いろんな人が寄せている山田論や彼女のインタビュー記事がすごく新鮮だった。たぶん、私は最初の「ベッドタイムスアイズ」を読んで、性への視点にへきえきして(自分は拒否されてきた世界だからー笑)それ以後読んだことはないけれど、純文学の世界では、かなり純粋に文学と言語表現を追求する人物として評価されていると知った。記事の中で、「恋をしたら、何が怖いですか」と聞かれて、「私が死んで、相手を悲しませること」とあったにはびっくりした。やっぱりそのくらいナルシシストじゃなかったら、小説は書けないのだろうなあ。私とは全く縁がない世界である。あと、言語で表現できないものはないと信じてる、表現しないほうがいいものはあるだろうけど、という言葉に、売れない本を書いてる人間としては元気をもらった。言語で表現できないものがある、は、書く人間にとっては「逃げ」だからである。。家にいられなくなって、やけくそで出ていったシカゴ大学図書館だけど、やっぱ、行ってよかった。。ドライブはちょっと疲れたけど。。(笑)

2006/01/08(日) ストー夫人のお兄さん
ラブジョイの話はできあがったと思ったが、ちょっと「すけべえ心」を出して、本を読みはじめたばっかりに、何やら抜け出せなくなってきた。「アンクルトムの小屋」を書いたストー夫人のお兄さんがイリノイで奴隷制反対運動に関わっていたことは知っていたが、ラブジョイとつながっていて、しかもどちらかといえば両者には意見の相違があった、となってくると、何やらないがしろにできなくなってきた。ラブジョイが殺されたのも、単に奴隷制反対派対賛成派の構図ではなく、反対派の中の内紛も関わっていたらしい、となると、もっとまじめに本を読まなければならない。最初は「リンカーンの栄光」にちょっとけちでもつけてやろうという、いつもの「売れないライター」のちょっかいだったのに、いよいよ中途半端なことでは抜け出せなくなっていくことが自分でも分かる。。あああ、運がいいのやら悪いのやら。。。相変らず売れる本は書けそうにないなあ。。。(悲)

2006/01/07(土) ラブジョイ
やっとアルトンのイライジャ・ラブジョイが一段落ついた。1837年に奴隷制反対を訴えて殺された人である。リンカーンは、ラブジョイが殺されたと知っても、ふん、といった感じで無視してたらしい。ふん、何が「奴隷解放の大統領」だ(笑)アルトンを訪ねたのはもう3年以上も前で、ずっと気になっていた。が、やっと文章にできた。ほっとである。

2006/01/03(火) エネルギーの輪
高橋さんの作品を通じて、リベリアの内戦や子供たちの様子をかいま見た。リベリアは、1840年代にアメリカの自由黒人が送られて作られた国である。今、黒人の歴史の本を読んでいて、リンカーンも黒人を海外植民地に送ることに賛成していたと知った。こうなってくると、リベリアのことがもっと知りたくなった。エネルギーがつながっていて、大きな輪を作って動き出しているな、とひしひしと感じる。有り難いことだ。

2006/01/02(月) 新年
やっと年があけた。この年になると「明けて何がそんなにめでたいねん」って感じだけど。(笑)まあ、今年も老体にムチうってかんばろう。娘が!!私の部屋の模様替えをしたばっかりに(私の拒否を押し切って!)おかげで、部屋の整理と頭の整理に時間がかかって、仕事が1週間ほど何も手につかず。。疲れた。。新年にあたっての模様替えは、気持ちを変えるには役立つかもしれないけれど、仕事ができなくなると気がいらいらしてくるから、一長一短である。とにもかくにも、もう疲れるぐらい”休憩”した。再始動である。


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