〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2006/10/31(火) 翻訳本
いよいよ今年も残すところ、あと2ヶ月になってしまった。そろそろ本腰を入れねば、と思って、やっと腰をあげたのが、4冊目「日本の兵隊を撃つことはできない」の翻訳本である。プロに翻訳を頼んでいるが、そのチェックがほったらかしになっていた。いよいよ今年もあと2ヶ月となって、ちょっとこういう状態ではいけない、という気になってきた。次回のツールレーキ隔離収容所巡礼は2008年である。そのときには、英語に訳された本を持って、もう一度出かけたいものだ。最初の日本語本が出たのが2000年。はじめて巡礼ツアーに参加したのが1998年。そのときのことは本のエピローグにした。あれから10年。今度は英語本をもって、もう一度巡礼ツアーに参加しよう。目の前に見えてきたゴールの一つである。

2006/10/24(火) 原稿送付
原稿を短くしようと、しばらくがんばった。70枚ぐらいは短くなったかも。。で、添付ファイルで送付。がんばれ〜〜〜。きのう、有名大作家たちの編集者、石原正康氏が出ている番組「プロフェッショナル」を見た。やはり小説とノンフィクションはぜんぜん違うと感じた。作家が小説の世界に没入して、その世界を書ききるには、その作家の世界にほれこんでくれる、彼曰くの「助産婦」を必要とするのだ。気持ちはよくわかる。作家たちは孤独なそうな。架空の世界に生きるからだろう。ノンフィクションは、題材は違っても、何やらいつもぼおっと現実社会と人間の接点をみつめているようなところがあって、あんまり孤独という感じはしない。でも書くときは孤独だ。(あ、これは、あるお世話になった編集者に言われた) 山田詠美が料理屋で「こんな文章でいいのかな」と疑問、不安を口にしていたので、何やらほっとした。(笑)石原氏が、停滞してしまった作家の気持ちを動かすのに、自筆で葉書で連絡をとると知って感激。猫も杓子も携帯とインターネットという機械頼りの脆弱な時代に、やっぱりほんとに力をもつのは、身体を動かし、身体でぶつけた真心である。それが文面と字体と方法に出る。番組の最後に出た、石原氏の「プロフェッショナル」の定義を忘れた。でも、このままでいいんだ、私もがんばろう、と力をもらったのは確かである。

2006/10/21(土) 選挙の季節
庭先に4つのサインが立っている。サインの両側は、道を通る人がどっちの方角からでも読めるような向きに立っている。11月の選挙に出る民主党候補者の名前である。隣の家の庭には共和党候補者のサインが立っている。もしかしたら、ご近所全員ブッシュ大好きの共和党支持かもしれないけれど、この家だけ堂々と民主党支持を表明する。アメリカのこういう自己表現が大好きである。村八分にされていじめられたら怖いから、とびくびくと自分を隠す必要などないのである。隠す人もいるだろうけれど、それはアメリカで生きていく覚悟を知らない人である。思うに、隣のロジャーさんとこは、星条旗を庭に高々となびかせているほどの共和党支持だけれど、政治を口にすればお互いがまっこうから対立することを承知の上で、挨拶を交わす。別に仲良く友達になりたいと思っているわけでなく、みんなそれぞれ違う人間なんてこの程度と思っていたら、この距離感も心地よい。これからは毎朝、ちゃんとサインが4つ立っているか確かめねばならぬ。サインを引っこ抜いて、道路に投げ捨てられるのも日常茶飯事の、静かで激しい選挙の季節到来である。

2006/10/20(金) 沈没4
元大手出版社の編集者だったという人と知り合って、企画書を業界にいるお友達に渡してもらっていた。返答は「不可能」。はい、沈没4。まだまだだあ。。(笑)読者がいないこと、文章がかたいわりにはアメリカ史専門家でもないし、観光案内でもないから、旅行者も対象にできないとのこと。納得です。きのう、行きつけのすし屋のオーナーと話をした。中国や韓国の人たちが、ド派手な盛り付けで日本料理?を出すチェーン店がアメリカ人に人気を博していることをどう思うか、で、「仕方ないよ、アメリカ人がそれで喜ぶんだったら」とのこと。「作れ、といわれたら、作るけどね」とか。「売れる」ということは大事、でもどこで線引きするかがむずかしい、「売れる」「金になること」だけを追っかけたら、堀江や村上ファンドのようになることは自明ーどこの業界にいてもジレンマは同じである。最終的な自問ー売れて、金持ちになりたいか。。答えはノー。自家用ジェットでお迎えにいきましょうか、と誘ってくれる大金持ちも知っていたが、金持ちになることの虚しさも感じられた。人を自分の思うままに動かしたかったら金を使えばいいと知っている、でも同時に、自分に近づいてくる人間は金目当てだろうと思うと信じきれず、意地悪になるー何もない人間が一番幸せに近いのである。自分に何もなくても、お茶でもいっしょに飲んでよ、と誘えば、いいよ、と付き合ってくれる友達が一人でもいたらラッキーである。毎日、ぼちぼち食べられて、小さなことに喜びを感じられたら、それ以上に何を望もう、というわけで、沈没5に向かってまたがんばるぞ。。(笑)

2006/10/19(木) 原稿
削除は順調。さっき数えたら、今の調子なら400枚ぐらいに収まりそう。多少、写真も入れたいし。。。すべてうまくいきますように。。。

2006/10/18(水) 更新
ここ2,3日、えらく取りつかれたように更新した。自分の昔の文章を載せているのである。もう10年以上の前の文章である。青臭いことを考えてたな、と自分がおかしくなることもあれば、いっこうに気持ちは変わってないな、昔からこんなこと考えてたんだ、と感心することも多々ある。それにしてもちょっと飽きてきた。もうちょっと気の利いた背景を考えるとか、もう少し余裕をもたねば。。。しばらくやんぴ。。。(笑)

2006/10/15(日) 原稿
先週、また別の大手出版社に連絡をとってみた。原稿を全部送ってくれ、という。企画書だけではわからないので、とのこと。それは事実で、最初の大手出版社にも同じように原稿を送ってくれ、と言われたけれど、あのときは横着して、コピーの印刷代や郵送料をけちって、企画書だけでもいいですか、あと原稿の最初の部分だけ、と提案して、じゃあ、まあそれでもいいですかね、で、結果的には断わられた。今回は、よし、じゃあ思いきって印刷しようという気になって、一体原稿用紙何枚ぐらいになるのかな、と数えてみたら、ぎゃっ、600枚である。これじゃあ、どうあがいても原稿は売れない。少なくとも、300−400枚のあいだに収めねば。。。というわけで、最初の大手に断わられたのは内容とは関係なく当然と、事の流れを納得。もらったコメントを頭に入れながら、原稿を3分の2に大幅に削る!!!そして、ポイントはエンターテイメント!!!読んで、楽しくなる旅行本!!! お酒でも飲みながら、鼻歌でも歌いながら作業したほうがよさそうだ。。。(笑)

2006/10/13(金) うれしいニュース
といっても、自分のことではない。ノーベル平和賞にバングラデッシュでマイクロクレジットをはじめたヤヌス氏が受賞することになった、と読んだからだ。ダコタのインディアンたち、とりわけ女性たちがこのマイクロクレジットの銀行システムで、自立をはかろうとしていた。私が最初に居留地を訪ねたころは、小さな小さなオフィスだったラコタ基金も、ダコタを離れるころは立派なビルのオフィスになって、マイクロクレジットも、最初は100ドルか200ドルを数人に貸すとか言ってたのに、最後のほうの融資額は何やら40万ドル、とかすごい金額を聞いた。インディアンに融資してくれる銀行はない、と言ってたのに、離れるころは、小型バスの銀行がオフィスの前に止まっていて、人々が列を作っているのを見た。仕事を通しての人々の自立と地域の経済開発ーもう一度、ラコタを訪ねたくなった。。マイクロクレジットのシステムを考え出した人はすごい、と思っていた。今日のニュースでそれが誰だか知った。だからうれしいのである。底辺からはいあがろうとする人々からエネルギーと知恵をもらう。私もがんばろう、と。それにひきかえ、主流社会のシステムにのっかかり、ただシステムを「食い物にする」ことしか考えないーつまりいかに働かずして、給料だけもらおうか、働かずして金をもらうのが賢いと考える、賢いと考える権利があると考える、なぜなら昔、先祖が奴隷だったからー腐った人種もいることも確かである。福祉たれながし施設のような公務員より、インディアン居留地のほうがいい。。。一度、昔の友達に連絡をとってみよう。。

2006/10/12(木) 初雪
今朝、初雪が降った。わああ〜〜〜とものすごいスピードでにわか雪が降り始めて、視界が灰色にどよみ、あたり一面真っ白に積もった。かわいそうに、まだ葉を落としていない、緑緑した樹木や芝生はえらい災難である。桜の葉っぱなんて、しょぼんとしてしまっている。大丈夫かなあ。。。30分ほど降って、今はもう青空がのぞきはじめた。いよいよ、凍てつく季節がやってこようとしている。耐え忍び、待つという生命力の真髄に触れることができる、私の好きな季節でもある。

2006/10/11(水) 青いトマト収穫
いよいよ今晩か明日あたり、気温が零下に下がるという。秋である。(日本の感覚だと、零下に下がると冬だけど、ここでは秋)あわてて、トマトを収穫した。トマトがどういうシステムをもっているのかわからないが、秋になってもまだ実をつけようとする。気温が零下に下がって腐ってしまうとかわいそうだから、と青いままで収穫した。ちょっとやそっとの数ではない。大きな鍋山盛り2つ分である。たった一本の小さな苗を植えただけなのに。。自然の恵みはほんとに偉大である。

2006/10/09(月) いちごちゃん
今ごろ、庭にいちごちゃんが一つぽつんとできているのを見つけた。まだ虫やら鳥には先を越されていない模様。すごくうれしくて、ぱくりと食べた。ああ、甘くておいしかった。いちごってすごいのである。もう2、3年前だと思う、一つだけ苗を買ってきて植えただけなのに、シカゴの厳しい冬を乗り越えて、しかも回りを競争相手の植木に囲まれても、植木の下をかいくぐってつる?をのばし、太陽の光を求め、そして実をつけるのである。そのたくましさといったら、雑草並みである。表向きは、「かわいい」で売って、その根性は雑草並み。女50、これから「苺ちゃん」で生きよう!(笑)

2006/10/05(木) 沈没3
大手出版社に連絡をとった。「やっぱりうちではむずかしい」といわれた。沈没3.まだまだである。(笑)ただこの出版社のすばらしいところは、前の大足のシンデレラの時もそうだったけれど、ていねいに、すごくていねいにどういう問題点があって、どういうものが望まれるかを教えてくれることだ。今回は、もっと私の視点の入った旅行記みたいなほうが売りやすいとのこと。あまりにもまっとうに書かれている、もっと思いこみがあるほうがいい、楽しみに本を買った読者が、旅の案内人といっしょに旅しているような気分になれるもの。。要するに、おたく的なほうがいいということでは。。。まっとうすぎると言われてもなあ。。よし、ちょっと手を入れて、仕切り直しだ!!!

2006/10/04(水) 罪作りなシカゴ
シカゴに春が来ると、大通りにチューリップの花がいっせいに咲く。美しい。で、やっぱりチューリップはかわいいな、春といえばチューリップだな、と思って、この秋に植えるチューリップをオーダーした。これもきれい、これもいい色だと、気付いたら100個もオーダーしていた。ところが、である。植えるのが大変なのである。チューリップは、球根の中でも一番深く植えなければならない。きれいに花壇を作って、それから植えるのならいいけれど、何しか素人が土さえあればいい、という感じでやってることだ。最初は張りきって、大きなシャベルで穴を掘っていたものの、すぐに退屈してしまって、手を抜き始めた。9インチの深さってけっこうあるのである。気付けば5インチか4インチになって、まあ、上に土をかぶせばいいや、となった。で、100個である。100個分の穴となれば、これまた大変である。ああ、シカゴを彩るチューリップはプロがやるんだろうけど、あれもけっこう大変だろうなあ。税金かあ。。。よけいなものを見てしまったなあ。でも、やっぱり春が楽しみになった。(笑)

2006/10/02(月) ぎっくり腰一歩手前
おとといの土曜日に、朝早くから張りきってシカゴに出かけて、改装オープン、入場料ただのシカゴ歴史協会で一生懸命展示を見て、メモをとっていたら、ガラスケースに身体をかがめていたときの角度と、そのあと上体をおこしたときのスピードがあわなかったらしい。一瞬、くわっ、というひそひそした感覚が腰の骨のあいだを走った。あ、やばい。。数年前に本物のぎっくり腰をやった身体は、これがぎっくり腰の一歩手前だというのがよくわかる。そのあとは、とにかくあわてたことはするまい、その一心で、しょぼしょぼそれは惨めな格好でなんとか歩いて、予定をこなした。あれから2日。今日ぐらいはもうよくなるか、と思って職場に出かけたが、椅子に座った途端、こりゃだめだ、の気分。同じコンピュータの前に座るといっても、職場と家では大違い。結局、1時間半だけいて、そうそうに家に帰ってきた。あとはごろごろしてるだけ。。まあ、たまにはこういう日もあっていい。。それにしても、いよいよ回復にも時間がかかるようになってきた。普通これぐらいなら、丸一日休んだら、元気になってたのに。。。いよいよ思秋期越えて、冬かなあ。(悲)


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