〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2006/04/23(日) ジュンフジタ
アメリカ人と会った。ジュンフジタが取材したシカゴ川での「イーストランド事故」の歴史をほりおこしている人だ。本も出しているので買ってきた。あらためてフジタさんの写真を見る。いい写真だ。どぅして、こういう報道写真をとってアメリカの主流社会で活躍した人が、日本からは完全に無視されているのか。。なんとかして掘り起こしたいと思う。

2006/04/20(木) リンカーンのお父さん
リンカーンさんがなぜ奴隷制に反対したか。。どうやらお父さんにこき使われていたらしい。他人の農場に働きに行かされて、賃金はお父さんに渡す、という仕組みだったとか。それって「奴隷」と同じ。だからリンカーンさん、労働に対価が払われない奴隷制に反対! ではなんで、お父さんはリンカーンに冷たく当たったのか。。どうやら、背が高かったお母さんは男関係にはルーズという評判があって(同じ身長でも私は???笑、18世紀はじめは背が高い女はそんなにもてたのだろうか。新しい課題だー笑)、リンカーンはもしかしたら自分の子供ではないかも、という疑いをお父さんはずっともっていたから、らしい。リンカーンさん、なにやら哀れに思えてきた。自分を生んでくれた母親を嫌い、父親には嫌われ嫌いー歴史に名を残すぞ、と思いつめたのは、案外、その生育環境に抵抗するような意地があったのでは。。ということは、自分を普通と思える「普通」の人が一番幸せということだ。

2006/04/18(火) リンカーンの実母
本を読んでいてびっくりした。リンカーンさんの実母は、身長がなんと5フィート10インチもあったとか。私と同じだ。それでリンカーンさんも、確か6フィート3インチだったか、背が高くなったのだろう。それにしてもお母さんのナンシーさん、19世紀はじめに5フィート10インチもあったら、いったいどんな目にさらされてきたのか知りたくなってきた。現代のアメリカでも、5フィート10インチがトールクラブ入会の資格条件なのだから。。ナンシーさんはバージニアのプランターとのあいだに生まれた不義の子供だったらしいし、不義の子と白い目で見られ、かつ身体が大きいばっかりに女としてはさぞいやな思いを強いられてきただろうなあ。。。そういう母親をリンカーンさんは嫌ってたそうで、リンカーンさんを歴史上の英雄?として褒め称えるのは簡単だけれど、まあ、どこの家庭も大変だ、と改めて思う。

2006/04/16(日) メアリさんと義理の家族
シカゴにあるリンカーン専門の本屋に行った。なかなか面白かった。そこで見つけたメアリさんに関する1冊の本の中に、「義理の問題」という章があった。思わず笑った。メアリさんとリンカーンの家族との葛藤である。どこでも同じだ。時代と場所を超えて。。だから、生きてて面白いな、と思う。

2006/04/14(金) 民主化
いろいろ重なって、頭の中でエネルギーが渦巻きはじめている。おとといだったか、かなり有名な歴史学の先生がシカゴ大学からNIUにやってきて、日系人強制収容の話をするというので出かけていった。移民法が専門の先生のようで、法律的な側面からの強制収容の話はなかなか面白かった。Alien Citizen という言葉もはじめて聞いた。まあ、現代のアメリカで私が市民権をとっても同じような状況になろう。人種偏見は法律では解決できない。興味深かったのは、強制収容所に送り込まれて日系人・日本人の文化や意識構造を調査した社会学者や人類学者が、敗戦後、占領軍の日本統治方針に少なからずの影響を与えたという点だ。収容所内で開かれた公立学校でも、アメリカの民主主義を勉強させて、日系人をアメリカ人化することが目的とされたが、それと同じことが敗戦後の日本でも行われた。それが教育視察団の受け入れと教育基本法というわけだ。時を同じくして、「戦後教育で失われたもの」という本を読んだところだ。人間平等という思想が、教師と生徒の関係、学校と家庭の関係、親子関係、共同体を切りくずしてしまい、今日ニートだのフリーターだの、社会の負担になることを「個人の自由」としか考えられない幼稚な若者を生んできたとか。「民主化」という名による社会や人間の弱体化・幼児化ーアメリカの未来永劫の日本占領政策、イラクも同じ餌食にされかけたけれど、イスラムという宗教をもっているから、日本みたいな完全な骨抜きにはできないだろうな、と考えていると、今国会で、教育基本法が改正される方向で動いているとか。当然だろう。遅すぎたきらいがあると思う。教育勅語を復活させるべきと考えたことがあるが、今もその気持ちは変わらない。

2006/04/10(月) あほなサウスダコタ
ここのところサウスダコタが全米の注目を浴びている。馬鹿な州の政治家たちが、たとえレイプされても母体に危険がない限り中絶を許さないという極端な、馬鹿にもほどがある法律を通したからだ。受精卵が誕生した時点で「いのち」とみなし、中絶は殺人と考える、神様とやらに忠実な、神様におべっかつかって、自分が天国に行くことに必死になってる馬鹿な小物どもだ。レイプされたとしても、女は子供を生め、だと。馬鹿にするな。新聞ははっきりとは書かないけれど、こういう馬鹿はみんな男だ。「神様のお使い」ーサウスダコタの中でも一番保守的だったラピッドシティにやっとこさできた、倉庫の一角にできたゲイたちが集まる、バーとも言えない場所の前の駐車場に止まっていた車のタイヤに、「自分で考える能力のない子羊」どもを率いて、釘をさしてまわったのも「牧師」という男だ。私は運良く難を逃れたが、あの事件以来、あの「バー」には行けなくなった。「神様の使い」とやらの脅迫が効を奏したのだ。そして、まもなく「バー」は消えた。あそこで出会った人たちだけが、私をありのままに気持ちよく受け入れてくれたというのに。。できるものなら、あそこを「行きつけ」の場所にしたかったのに。。。よくぞまあ、こんな絶望的なところに、私は7年もいたものだ。今だにぞっとする。それにしても、アメリカ社会のすごいところは、こういう法案に対して、州東部をベースにしたプロチョイス派の団体が訴訟にもちこむことはすぐに予想できたのに、今回は、訴訟にもちこまずに、直接住民投票にもちこむ戦略をとったことだ。そのための署名集めが今懸命に行われている模様。トリビューンの記事によると、たとえ保守的なクリスチャンでも、女は「レイプされても子供を生め」には反対で、いつもは中絶反対でも今回は法律をひっくり返すために署名しているとか。あたりまえだ。男が首から上だけで「いのち」とやらを抽象的に考えて、馬鹿なことをほざくのと、身体が「いのち」をはぐくみ、身体から押し出したあとは、死ぬまで「押し出した」責任を感じながら生きていく女とは違うのだ。馬鹿な男どもは、7月から法律を実施できると思っているらしいが、たぶん住民投票でひっくり返されるだろう。たとえダコタの住民が馬鹿が過半数を占めていたとしても、プロチョイスの全米団体が連邦最高裁までもちこむだろう。それでまたサウスダコタは全米メディアの注目を浴びることになる。哀れな州だ。。超極右派の「プロライフ」を前面に出して、突飛なことをすることでしか、自分の存在を証明できないのだ。それにしても、よくまあこんな馬鹿な州になんで私は7年も住んでいたのか。ほんとに人生を無駄にした。

2006/04/08(土) アルカポネの奥さん
アルカポネはどうでもいいけれど、奥さんがずっと気になっていた。どんな人かなあ。。と。ちまたに流れているカポネの話にはほとんど出てこない。やっとこさちょろっと見つけた。なんと年上女房だった。そして添い遂げているのである。すごい!!! 改めて思ったー男を成功させるのは(たとえギャングでもー笑)賢い女である(笑)カポネに若い女がうじゃうじゃいたかどうかはまだわからない。だいたい男が成功すると、自分の力を誇示するために年上女房なんてうっちゃって、若くてきれいな女をほしがり、女のほうも男の金と力に惹かれて、男の「お飾り」になるのを厭わないだろうに。。。とにかく添い遂げたメイさんに尊敬の念を覚えた。カポネさんは幸せ者だったーが私の結論(笑)

2006/04/06(木) フジタジュンさん
中国新聞に問い合わせのメールを送った。読者に呼びかけてくれて、何か反応があったらいいなあ。。。

2006/04/05(水) ジュンフジタ
イーストランド歴史グループから返事が来た。よかったあ。。彼らもフジタさんには興味があるらしい。。シカゴ歴史協会とつながっているらしい。シカゴ大学の改築工事はまだ終わっていない模様。いよいよ広島の新聞社にでも問い合わせの記事を載せてもらえるかどうか打診してみよう。動こう。。動かそう。。

2006/04/04(火) ジュン フジタ
4月。もうシカゴ大学の改築工事も終わっただろうか。いよいよ本格的にジュンフジタさんを探しに出ようーそう思って、イーストランド事故の歴史を追っかけているグループにメールを書いた。死者1000人近くを出したシカゴ川でのイーストランド事故は、フジタさんがカバーしたものだ。何か新しい情報が手に入りますように。。。

2006/04/02(日) キリスト教伝道
本を読んでいて、19世紀はじめアメリカ人が西進しはじめた時、教会同士が競争していたと知った。つまり、西部へのカソリックの進出は絶対に阻止しなければならないし、プロテスタントのあいだでもどの教会が西部で有力になるか−メソジストだのコングリゲーショナルだのプレスビテリアンだのーで、お互いけんかしていたそうな。要するに数少ない信者のとりあいというわけだ。これだから組織宗教はいやだ。確かに組織だからこそ大きなことができるという利点はあるのだけど。。。たとえば、インディアンをクリスチャンにすることで、インディアン文化を抹殺しようとしたこと、日系人強制収容の歴史では、仏教開教師に疑いの目を向けられたことーアメリカ社会におけるキリスト教の役割の大きさと深さに、今さらながら驚いてしまう。同じようにアジア系というマイノリティでも、クリスチャンならアメリカははるかに生きやすいのだろうなあ。少なくとも、教会という自分の居場所は見つかるのだろう。


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