〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2006/06/28(水) 理科系
イリノイ本の最後の文章、環境問題に関する資料を読んでいて、普段わからぬ理系の人がやっていることを知ってびっくりした。植物油から作ったエネルギーで動く車とか発電とか。。。家で自分でエネルギーを手作りできるし、やってる人もいると知って、人生ではじめて理系の人がうらやましくなった。高校3年のときにやった微分積分なんて、私の人生でなんの役にも立たなかったと思ってるけど、理系の人の知識は、具体的に何かを生み出すことで、大きく社会に貢献できるんだあ。。それを思うと、人文社会系なんて「文句言い」ばっかりだなあ。。(笑)でも、理系の人は人で、世界は物質だけでなりたってるわけじゃない、ということを理解すべきだしーできない人が多いような気がするー二つの世界の融合が大事だ。

2006/06/22(木) セーリング
久しぶりにセーリングに出た。義父手作りの4人乗りの小型ヨットである。半年間行方不明だった日本人留学生の遺体があがったばかりのウイスコンシン州マディソンにある湖である。遺体が発見された2、3日前は警察がうろうろしていたらしいが、私が行ったときはもう静かになっていた。基本的にセーリングはそれほど好きではない。退屈なのである。それでも今回は、船が小さいぶん、45度に傾いた船体ととともに自分も身を傾け、風を受けて大きく膨らんだ帆の下から水平線をのぞき、自分の下5センチのところに水があり、顔を上げれば気持ちのいい風が吹き渡っている、という水と風の絶妙なバランスの世界を全身で感じられて、気持ちがよかった。といっても、限界効用を過ぎれば苦痛になるわけで、4時間ぐらいでちょうどよかった。(笑)娘がセーリングが好きというボーイフレンドを見つけてくれれば、このneko号も宝の持ち腐れにならなくてすむなあ。。ヨットは、父から息子、その娘へと伝えていきたいものだと思うからである。それにしても、わずか数時間の楽しみのためになんと大変なことか。ガレージへの出し入れ、トレーラーに載せての搬送と入水、マストをたて、帆を張る準備ーーそれを考えると。。。今回はっきり学んだこと。1 方向オンチで車の運転もままならない人間に、ヨットは絶対に操縦できない。風向きなどさっぱりわからぬのだから。 2 風って、吹いたりやんだりするんだね(笑)3 行き先も目的もなく、ただ風と水と戯れるだけにこれだけの労力を費やすなんて、やっぱ男のすることだ。風と水のコントロール(支配)が楽しいのだろう。女は退屈する。4 モーターもなく、ただ風まかせで水上をすべるって、絶対的に「美しい」 5 趣味の範囲を超えて、何の具体的な目的もないのに、ただ太平洋を渡るためだけにヨットに、それもたった一人で乗る人間なんてかなりの変人で、オカに上がれば何の役にも立たないのではないか。(笑)セーリングは数年に一度でいい。。(笑)

2006/06/18(日) イリノイ人
イリノイ本もやっと終わりが見えてきた。この夏中には、出版社を探すところまでこぎつけたいものだ。それにしても、ごそごそ誰でもできることだけど、私のようによっぽど暇な人間じゃないとできないことーあっちこっちの資料を読みあさっていて、面白いなあと思ったことがある。第1次大戦中に3人の有名なイリノイ生まれの男たちが、赤十字の救急車の運転に関わっているのである。一人はヘミングウエー。確か彼はイタリア戦線に送られたんだったっけ。2人目はウォルト・デイズニ−。彼はフランスに送られ、漫画を車体全体に描いてカムフラージュ代わりにしてたとか。ほんとか嘘か、その写真でも見せてもらわねば信じられない。(笑)3人目は、マクドナルドのチェーンをはじめたレイモンド・クロック。彼は、運転訓練は受けたが、ヨーロッパに送られる直前に終戦になったとか。ヘミングウエーは、救急車の運転をしていて負傷、病院にいるあいだに年上の看護婦と恋をし、のちに「武器よさらば」だったか、小説を書いて有名になった。ディズニーは、救急者に描いた漫画がほめられたのかどうか(笑)、帰国後商業アートの道に進み、のちにデイズニ−ランドを作った。そしてクロックは、戦場を見なかったせいか、マクドナルドという、従業員を工場のアセンブリーラインのように扱う非人間的生産ラインを作り、「早ければ早いほどいい」「安ければ安いほどいい」「大きければ大きいほどいい」という、大量生産、大量消費の文明破壊的手法で巨額の富を築き、今は健康問題なり、アメリカの文化帝国主義の尖兵とみなされて批判もされている。やっぱり「あきんど」は嫌いだなあ、という思いと、たかが救急車の運転だけでも、人それぞれ経験は違い、かつそれがその後の人生をかいま見る一つのツールになってるなあ、という思いが交錯して、一人にやにや。それにしても、20世紀はじめのティーンエージャーにとって、戦場で赤十字の救急車を運転するって、そんなに魅力的なことだったのだろうか。

2006/06/13(火) 金もちと幸せ
資料を読んでいたら、マクドナルドのクロックさん、大金もちになってから、33年も連れ添った奥さんと離婚して、そのあと2度も再婚している。なんで金持ちになったら、結婚生活がうまくいかなくなるのだろうか、不思議だ。妻にしてみれば、離婚して大金をもらって、新しい人を探し、新生活をはじめたほうが得なのかな。。(笑)

2006/06/12(月) オハイオ川
アメリカの歴史を読んでいたら、しょっちゅう出てくるオハイオ川を見てきた。東から西進してきたパイオニアたちが必ず使った川である。オハイオ州とケンタッキー州の境界線の川ー見て、びっくり。もっと大きい川かと思った。ミシシッピのような流れを想像していたので、小さかった。昔は、もっと川幅が狭くて、浅かったとか。。。なんだあ、がっかりである。でもまあ、そんな小さな川がずっとイリノイまで来てるわけで。。そして、そんな小さな川を頼りに人々は未知の土地を探検したわけで。。やっぱりすごいかな。(笑)

2006/06/06(火) マクドナルド
マクドナルドチェーンをはじめたクロックさん、52歳からの挑戦である。すごいなあ。。私もまだ”希望”があるなあ。(笑)それに、カリフォルニアでマクドナルド兄弟に会ったとき、すぐひらめいたのが、全米どこへ行っても交差点に立っているマクドナルドの看板だったとか。そんな夢、見たことないなあ。。(笑)やっぱ、大きく成功する人にはまず夢ありき、かな。。売れないライターは、どんな夢を見たらいいのだろう。。こんなことを考えているあいだは、どんなにあがいても売れそうにない。。(笑)

2006/06/04(日) アフリカ
ひょんなことで、ある一人のアフリカ女性に会った。若くて、きれいで、しっかりした人だった。29歳で、9歳の娘がいる。10代で結婚?する人も多いだろうから、20歳のときの子供というのは遅いほうかもしれない。持参の魚料理もおいしかった。お料理もすごく上手に違いない。お互いアクセントの強い英語同士で、意思もなかなか、というかほとんど通じず、彼女の教育的背景もわからず、コミュニケーションができたとはとうてい言えないが、一つはっきり感じたのはその「強さ」である。なんの躊躇も遠慮もない強さ。生きるとはどういうことかを知っている強さ。以前、ウガンダだったか、アフリカのドキュメンタリー映画を見たときも感動したが、今回はその「強さ」を目の前にして圧倒された。男たちがほとんど内戦で死んでしまって、国作りが女の手にまかされている社会で生きる女たち。もう男たちには頼れない、とたちあがった女たち。日本やアメリカといった先進国の女たちにはない、強靭な原始的ともいえるような生命力が彼女たちの身体から発せられている。まわりにいた日本人男女の姿はあまりにもほそく、かよわく、頼りなげだった。私はといえば、本を読んで、学校に行って、適当に仕事ともいえぬものをして時間をつぶし、頭でっかちにはなったけど、この年になってもまともに料理もできないではないか。先進国に生まれ育ち、教育を受け、物質的豊かさ、便利さを享受することが、人間の本質にどういう意味をもつのだろう。一度アフリカ大陸に足を踏み入れたくなった。もしかしたら、この老体のどこかにもまだ宿っているかもしれない動物的生命力の喚起を感じることができるならば、一度感じてみたい。30年前にインドに行ってショックを受けた、あの”空白感”をもう一度味わえるのなら、まだまだ私にも”希望”があるということだ。(笑)

2006/06/01(木) フジタジュン
シカゴ歴史協会にお願いしていた、フジタジュンさんの古いネガからの写真が送られてきた。戦前のイリノイで、鉄道線路がまっすぐ平坦なイリノイの土地を走っている、その線路の写真である。マイケル君はちらっと写真を見て、笑った。なんの変哲もない鉄道線路のどこがいいの、といわんばかりに。でも私には、枕木が黒い三角形を形作り、二本の線路が闇から光に変化しながら最後に一点に凝縮している、その一点の向こうに、この世界の向こうを凝視していたふじたじゅんさんの眼が見えるのである。もっと広い世界へと、世界の果てを見つめている眼ーなぜだかたまらなく好きでしかたない。


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