〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2008/03/28(金) 激震地よりー現実
きのう、よく雪が降った。今朝の気温は氷点下5度ぐらい。ああ。。でも、これでやっと春かな。。午後には雪は溶けてしまっているだろう。それにしても、またもや現実を突きつけられた。オフィスに出てくるなり、乱射事件の犠牲者の親から電話があったという。どうやら、息子が残したお金は、なんで父親だけに行くのか、母親と半々にならないのか、という電話だ。げっ、わずか100ドルでー半々にすれば50ドルでーけんかするなよ。。答えは一つー大学の小切手は一人だけに支払われ、それ以降は家族の問題、こちらは関与しない、である。。ああ、こういう現実をつきつけられての結論ー死後に金を残すな、である。殺された息子のお金をめぐってでも、親がごちゃごちゃ言うのが人間の本性なら、親が残したお金をめぐる兄弟姉妹の争いはすごいものになるだろうなあ。その兄弟姉妹にはそれぞれ他人がついてるからな。。ああ、恐ろしい。。。新聞にも、今回の乱射事件では、大学を訴えるのはほぼ不可能だろう、という記事が出ている。32人が殺されたバージニア工科大学の場合は、まだ訴訟はおきていないが、起こすぞ、と通知を出してる家族は20ほどあるらしい。で、その後ろについているのがもちろん弁護士である。シカゴのなんとかという弁護士は、今回の乱射事件で勝てそうだったらーつまり金になりそうだったら、いろいろ調査がはじまってるはずだが、その動きがない、としゃべっている。げっ、糞バエたちめ。。バージニアでは最初の殺人から2時間のあいだ、大学当局が何もしなかったこと、犯人が現役の学生だったこと、などが大学の責任追及を可能にしたが、今のところ、犠牲者の家族には一人10万ドル提供することで訴訟を防ぐ、ということがなされているらしい。。。金になりそうな事件を追っかけて金もうけしたがる弁護士に、事件を煽るメディア、10万ドルを鼻先にぶらさげられて口封じされる犠牲者たち。。息子が残した100ドルを、なんで半々にしてくれないのや、といいたがる親。。不謹慎と非難されることを承知で書くとなら、精神を病んでしまい、自分は誰にも認められていない、と思いこみ、長い葛藤の末、ほんとは自分はこんな人間なんだ、と最後に逆説的な”ヒーロー”の道を選んでしまう人間たちって、案外本能的にこんな汚い現実にうんざりしてるのかも、とか思ってしまわないこともない。最近の日本からのニュースだって、ホームから人を突き落とし、殺してしまった少年だって、いじめられっこ人生だった、というではないか。人は、このうす汚い現実となんとかして補完関係を見出そうとするのではないか。もしそれが、殺人で終わったとしたら。。それはそれで犠牲者ではあるまいか。キャンパスにある教会前に今日もたっている6本の十字架は正しい。。

2008/03/27(木) また雪
きのう、やっと雪が溶けたと思うや、今また窓の外はしんしんと雪が降っている。いい加減にしてくれ〜〜〜。春の雪だからきっと重いだろうな。そういえば、サウスダコタでも4月に春の雪が降って、やっと冬が終わったって感じだった。で、春は非常に短い。すぐに夏の気候になる。桜の花などめでているいとまはなく、花はつぼみのまま、たぶん葉っぱで覆われてしまうだろう。きのう、乱射事件の犠牲者の死亡証明書が届いた。100ドルを支払う手続きをしなければならない。死亡証明書を眺めていると、事件がよみがえった。傷を受けたのは午後3時2分、亡くなったのは2時間後の5時7分、場所は病院の救急病棟、原因は頭部に受けた銃による傷、である。20歳と半年、一度も結婚していない、とあった。頭部だったんだ。ほぼ即死状態だったんだろうなあ、2時間のあいだ、必死の救命措置はとられただろうけど。。本人は何も意識することなく、一瞬で”消えた”に違いない。まるで、正面衝突した車に乗って命を落とす、あの一瞬のように。。絶対に語られることのない一瞬ー残された者だけが、証明書という紙切れを見て、思いをめぐらす。この人にあと10年が与えられていたら、どんな人生になっていただろうか、と。恋をして、結婚して、子供ができて、泣いたり笑ったり怒ったりして。。。と。。50年生きてきたからといって、別にそんなに輝かしい時間を過ごしてきたとは思わないけれど、決して与えられなかった他者の時間を想像するとき、永遠に消えてしまった時間はきらきらとまばゆく輝く。しょせん自分の人生は、最後はたった一枚の紙切れに収束するというのに。。思い出と自分に与えられることのない時間は他者の心の中で生き続け、新しく生まれ、輝く。今、ただただ生きさせていただいていることに心から感謝。100ドルの小切手をお父さんに送るとき、ひそかに、上司にも内緒で、激震地のシンボルとなった赤と黒のリボンをいっしょに送ろう。あなたの息子さんの死が無駄になることは絶対にありません、と。息子さんを知る人の心の中で生き続け、勇気を与え続けるに違いありません、と。

2008/03/25(火) 激震地より
まだ、人に会うと尋ねられる、「大変でしたね、大丈夫でしたか」乱射事件のことである。あれから1ケ月半ー聞かれても、本音は、困る、である。私は家にいただけだから。事件のあったビルも教室も入ったことがなく、想像がつかない。たとえあの瞬間にキャンパスにいた人間でも、たぶん事件そのものは想像がつかないだろう。知っているのは、ビルの近くで発砲の音を聞いた人、そして教室で犯人に遭遇した人たちだけである。大丈夫でしたか、と聞かれても。。。大学当局とコミュニティが一丸となって、ともに前向きに、を前面に押し出してきたから、もう事件すら、どこかほんとにあったかどうかすらわからなくなってしまったような感じである。あったのである。キャンパスの教会前にはまだ十字架が6本立っている。今日、その前を通ると、これまで十字架にまきつけてあった大学のシンボルカラーの赤と黒のリボンが、真っ白の長いリボンに変わり、風にそよいでいた。犯人も含めて、亡くなった6人が、いよいよ天使?それとも天女?になって、空にでも舞い上がっていくようなイメージを抱いた。2週間ほど前だったか、その中の1本を焼こうとした人間がいたらしい。犯人のだろう。気持ちはわかる。が、教会はすべて新しくして、また6本立てている。亡くなった人たちはもう帰ってこない。それだけが、あとに残された者が知る現実である。「大丈夫でしたか」なんて聞かれても。。そういえば、週末、ナチスドイツの強制収容所に入れられていたユダヤ人の映画を見た。死が日常になった世界で、ただひたすら生き残ることを考える意味、生きて収容所から出られて、そしてそのあとどう生きるのか、日々平穏無事に生活していたら、そう必死になって考えることのない問いである。それが、戦争なり、乱射事件なりがあって、犠牲者が出たときに不意に突きつけられる。特攻隊員の人たちは、自分の死に課された意義を必死で自分に納得させて、飛び立っていった。たぶんそれは、乱射事件の犯人にとっても同じだったろう。死に意義を見出すことーそれが国家による強制か、それとも自分の自由意思か。。そして残された者も犠牲者の死の意義を必死で探す。。。大変でしたね、大丈夫でしたか、と聞かれても。。今だ、犠牲者の死の意義を静かに、でも必死で探している者は、ただただ微笑むのみである。激震地は、今まだ深く静かである。

2008/03/24(月) 営業1
週末に、日本人村にある日本語本を扱っている書店に行って、ちらしを渡してきた。店の責任者は、なにやらしょっぱなから、私が本を持ちこんで売ってくれ、とお願いしているという先入観をもってたみたいで、書店が入っているスーパーの許可がいるとか、ここは買いきりなもんで、どうのこうの。。版元から本屋には5割だか7割だかで本がおろされて、それからどうのこうの、こちらも輸送費、光熱費、人件費を入れて、一応1700円の本だったら、25ドルぐらいで値段を設定するのに、それを30ドルで売ってくれ、ニか言われても、どうのこうの、と、私にしてみれば???のことをいっぱい聞かされた。へえ、自分からいくらで売ってくれ、という人がいるんですか、います、誰ですか、向こうも怪訝な顔をして、著者ですが、へえ、そうなんですか、と私も感心すると、やっと、おおこれは、といわんばかりに、ああ、要するに本を取り寄せておいてくれ、ということですか、そうです。。ああ、じゃあ、東京本社にこれをファクスで流しておきます、と話が通じた。。(笑) 
そのあと責任者さんは、店に並んでいる本のところへ行き、ほら、これなんか、先ほどの例です、とおっしゃるから、手にとって見たら、確かにISBN?番号はついているけれど、出版社の名前がない。出版社の名前がなくて出版なんて、なあんか変な幽霊本みたいなのが出回ってるんだ、と初めて知った。著者のほうから値段を設定するというのは、きっと自費出版にかかったお金をとりかえそうという気持ちが働くからだろう。ああ、哀しい。。出版にかかった費用は100万だか200万だか知らないけれど、それだけのお金は本を5ドル余分に高く売っても戻ってはこない。。それでも幽霊本は、後ろを見ると、二刷である。ほんまかいや、と初めから疑ってしまった。(笑)最近知り合った友達も自費出版をしている。どうやら原稿は直しもせずに、全部印刷に回して、本にしたらしい。何も直してくれなかった、と友達は怒っていたが、出版社にしてみれば、本の質は問わないわけで、お金をとるのが目的なのだから、編集の仕事をしてくれるわけがない。で、印税は売れた数で、という言葉が友達の口から出てきたので、もう私は口をつぐんだ。自費出版する会社はそういう風に客に言ってるんだ。それにしても、私が友人知人にちらしを配ると、これまたはなから、「自費出版ですか」と聞かれるときも多いから、−たぶん聞かれなくても心で思っている人が大半(悲)−それはそれで、心がふさぐ。まあ、本を出すとは幽霊本を出せる時代だから、別に珍しいことでもない。では自費出版とそうじゃない本との違いはどこに出るのか。自費出版してない著者が、じきじき営業活動することないでしょ、と友達に言われて、ああ、そうか、と納得。ちらしをわざわざ配ることで、私は自分を安売り?してるのだろうか。でもまあ、せっかくだから、友人知人には、直接お知らせしたいよな。。ああ、むずかし。。(笑) 要は、デイ多佳子が本を出した、と聞けば、誰も自費出版とは考えない、というところまで自分をエスタブリッシュさせねばならないということである。私が大好きな辺見庸さんが本を出した、といっても、誰も自費出版とは考えないだろうから。。じゃ、そこまでたどりつくには、何をしなければならないのか。。「自費出版ですか」と聞きたがる人間に、お前は、自費出版せねばならない文章や内容と、せずにすむ文章や内容との違いがわからんのか、と怒っても仕方ない。答えは、わからん、のだから。世間の大半の「普通」の人にはわからない。つまり、本の内容や文章ではなく、名前だけで話が通るようになることが世間に認められるということなのだ。特に、世間に認められたいとは思わないけれど、いい加減「自費出版ですか」と聞かれるのはうんざりしてきた。で、聞かれなくてもすむためには。名前だけで売れるとは。。何か、大きな賞の受賞だあ!!があ〜〜ん、まあ、ぼちぼち行こう(笑)

2008/03/18(火) 中国産のねぎ
まだまだ春とはいいがたい天気が続いている。気温は摂氏〇ぎりぎりぐらい。もう春分の日だというのに。。今年の冬はほんとに厳しい。まだまだ冷たいけれど、さっき泥の庭を歩いて発見。。去年の秋植えたねぎである。料理で使って、普通なら捨てる部分の白い根がついたところを植えたのである。おお、でっかくなったこと。。太い太い、大根並みである。で、さっき見つけたのだけど、氷点下20度の気温にも負けずに、青い茎?を出しているではないか。そういえば、テレビで、外食産業の人が、中国からのねぎの輸入が止まって困っているとか言ってたけど、なんで輸入などするのか。ねぎなんて買わなくてもいいんだ、と人生今になって知った。白い根を土に埋めればいいのである。それとも、この丈夫なねぎこそが、農薬まみれの中国産ねぎなのだろうか?? とにもかくにも、ねぎは丈夫である。でも、あれだけでっかく大根みたいになってしまったねぎは、やっぱり食べる気にはならないなあ。。小さく刻まれたねぎが、きつねうどんにぱらぱらのってたらおいしそうだけど。。(笑)あのねぎ、どうしたらいいものか。。

2008/03/14(金) 今年初のチューリップ
やっと雪が溶けかけている。まだ影になったところでは、雪が残ってるし、地面には氷がはったようになってるところもあるけれど。。で、今朝、やっと歩けると、泥の庭を歩き回っていると、見つけた、見つけた、腐った葉っぱの下から、チューリップの葉が顔を出してるのを。。やったあ。。今年初のチューリップ。。さあ、これから無事に大きくなってくれるだろうか。この葉っぱが一番おいしいんだよね。。すけべえリスよ。。リスの寿命は何歳ぐらいなのだろうか。庭のリスたちが、20代の身体に魅せられてしまった56歳の高校校長並みか、それとも普通か、それとも中年のロリコンか、見極めねばならぬ。。(笑)とにもかくにも、この新芽をまた濡れた枯葉の下に隠すべきか、それともこのまま空中に伸ばしてやってにいいものか。。生死を賭けたハムレットの気分である。(笑)

2008/03/10(月) 家族の物語
ここ数日、「日本の兵隊を撃てない」の英訳に加筆する作業を続けている。出版してからの10年間のうちに、日系アメリカ人社会も変わってきたからだ。過去60年以上にわたって白眼視されてきたノーノーボーイたちへの復権もはじまり、新しい書籍もいろいろ出ているので、それらの資料を加筆している。その作業の中で、古い資料やら新しい本にうずもれながら、私の中で、再びあのサウスダコタ時代が戻ってきつつある。身の回りのすべての日常を忘れて、自分が収容所に入っている気分になるのである。それぐらい、この強制収容の歴史には力がある。ノーノーボーイたちの気迫あふれた文章を読んでいると、今、自分がここに安心していられるのは、この人たちの苦闘のおかげなのだ、とつくづく感謝の気持ちとエネルギーをもらう。新一世の中には、今だに強制収容かよ、いい加減にしたら、みたいな言葉を日系人に、また私のような同じ新一世になげかける人もいるが、それは間違っていると私は思う。かれらが通ったいばらの道は、時代と社会を超えて、現代にも通じるものだから。お上に抗議したらどういう目に合わされるか。読めば読むほど、アメリカという国は恐ろしいことをしたもんだ、と思う。で、いつそれが繰り返されるか、わかったものではない。いや、私自身は、毎日職場で、似たようなはがゆい思いを経験している。それが、私を英訳に駆り立てる理由の一つでもあろう。英語社会で生きる日本語話者の苦悩ー相手には絶対に気持ちをわかってもらえないはがゆさー戦争という国家間の争いのために、日本語という自分の核に向けられる疑惑の眼と抑圧と、その不条理ーどんなに苦しくても書ききらねば、と誓う思いだ。できるものなら、英語版には娘にも何か書いてもらおう。日本語話者の母親を持ってどんなに苦労したか。。(笑)この本は、単に日系人の歴史ではなく、どこのエスニックグループの家族でも繰り返され続けるだろう「fresh off boat」の親と子供という家族の物語でもある。そういえば、このあいだは、インド人家庭の映画が話題になった。(タイトルは忘れたけど)アメリカで生きる移民の家庭は、どこも似たような気持ちを抱いている。ということは、そうか、私は、本の翻訳を通して、アジア系アメリカ文学に挑戦してるのかも???(笑)

2008/03/08(土) ああ、やっぱり春は遠い
もう今晩の12時に、夏時間に変更するというのに、まだ家の外の気温は零下15度である。今年の冬はほんとに厳しい。このあいだ、雪が溶けたときに見た新芽ちゃんたちは、これで死んでしまうのだろうか。雪が零下の気温から彼らを守っていたのに。。雪が多少溶けてから、この気温だと、待っているのは死のみ、という感じだ。。(悲) 出版社のほうも、奥付けには、4月1日発行となっていたのに、2,3日前オンラインで送られてきたゲラを見ると、4月15日になっていた。(悲)ああ、春はほんとに遠い。。でも、冬来たりなば春近し、ただただじっと待つのみ。。待つときが一番楽しいのも、もうようくわかっていることだ。。

2008/03/05(水) アメリカ人って
面白い。このあいだ大喧嘩して、はっきり言ってやったおかげで、私に対する上司の態度がそれからずっと変わっている。よくもまあ、これだけ変われるもんだな、と思うけれど、変われる人間だから、一応あの肩書きがもらえるまで出世したのだろう。で、2日前の人事部の会合のときなんか、みんながいるところで、多佳子がよく働いてくれるから、どうのこうの、と言うではないか。私の名前が急に出てきたので、こっちもびっくり、で、思わず、何言うねん、って、上司の顔をにらんでしまった。(笑)私の名前を口にするなんて、この6年初めてではないか。こりゃ、かなりあの時に、上からしぼられたな、と思わず笑ってしまった。(笑)会合には私が駆け込んだナンバーツーもいたことだし、自分はこれだけ言われたとおりやってるんだぞ、とパフォーマンスしてるわけだが、こういう時に名前を出された人間としては、どういう態度をとっていいものかと、こちらとしては悩んだのも確かである。アメリカ人なら、「ふん、どう、私の勝ちよ」みたいな顔をしてたらいいんだろうな、と想像はつくけれど、やっぱりそういうのはいやである。日本人だな、と思ってしまう。まあ、上司が私にずっと意地が悪かったのは部のみんなが知ってたことのようで、上司が私の名前を出しても、「何を今さら」みたいな感じで、みんなどっしらけ、って空気が流れていた。名前を出されて、さあどうしたものか、と思いながら、顔を上げると、もう上司は座っていた席を立って、部屋を出ていた。アメリカ人ってほんとに面白い。

2008/03/02(日) 春はすぐそこ
やっと気温が零上?にあがった。もうそろそろ零下に下がることもなくなるのでは。。毎日、毎日、気温零下15度から20度という日を過ごしていると、零上?が奇跡のように思えてくる。(笑)久しぶりに庭に出て、雪の上を歩いた。好きなのは、雪の下から出ている新緑の芽やら葉っぱを見つけるときである。すごいなあ。。春はもうすぐ。。出版社からも、見本ができるのが4月4日、配本は4月10日と連絡をもらった。あと1ケ月。。春はすぐそこに来ている。。やっほ〜〜、この気持ちは、万年春か夏のようなカリフォルニアの人間にはわかるまい!!(笑)


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