〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2008/05/29(木) 左半身
久しぶりに、職場を病欠した。仮病ではない。(笑)おとといの朝、洗面所で、ぎっくり腰の一歩手前の痛みを腰に感じて、う〜〜ん、これはやばいぞ、と思ったけれど、ぎくっ、ではないし、まだ動けるというので、よぼよぼと、お尻を後ろに突き出して職場に出かけていった。でも、出てきても仕事があるわでなし、こんなところでとろとろするのも時間の無駄、身体も心配、とか思ったので、早退した。そのうち、ほんとに身体が硬くなってきて、動くのが大儀になり、とにもかくにもいたわりながら、横になる時間が始まった。で、きのうは病欠した。起きたり寝たりで、なんとか腰の痛みのようなものはひいたが、あとに残ったのは、左のちょうど腎臓でもありそうなところのひっぱり感である。ものすごく硬い。右は柔らかくて、何もない。左だけ。。で、ここをかばいながらちょろちょろ歩いていると、ほかも痛くなってくるような気がする。ああ、いやだ。それにしても、身体の痛みは、左半身に集中しているのである。目の調子も左目がよくない。新しく作ったコンタクトも老眼鏡も左だけなかなか目にあわない。膝から下の足の痛みも左がきつい。で、背中も左である。ああ、これは何だろう。。身体がゆがんでいて、左にだけ負担がかかっているのではあるまいか。それとも??? そろそろ家から職場まで歩こうかな、という気になってきた。ガソリンは高いし、なんとか身体のバランスをとらねば、と身体が訴えはじめたのである。家から職場まで歩いたらどのくらいかかるか。40分ぐらいだろうか。
と、思いながら、今日はまだ腰から背中が本調子じゃないという言い訳で、また車に乗ってしまった。きのう、窓の外で、りすがサルみたいに木の枝に足をかけて、さかさまに宙づりになって木の実?を必死で食べているのを見た。無防備に白いおなかを思いっきりこっちに向けている。気持ちよさそうだった。ああ、身体を思いっきり伸ばして、あんなことやってみたいな。。(笑)

2008/05/22(木) かわいい子には旅をさせよ
たった今、アムステルダムに着いたばかりのはずの娘から電話があった。インターネットカフェを見つけて、どうやって電話するか分かったから、とか言った。こちらは何のことやらさっぱりわからないが、やっと、娘が持っている携帯電話はヨーロッパからはかけられない、と知って、ああ、これでしばらく静かになるぞ、と喜んでいたら、この始末である。インターネットと電話がどんな関係になってるのか、便利といえば便利かも知れないけれど、こういう世の中では、「かわいい子には旅をさせよ」という人間存在の本質的な部分を大事にすることはほんとうにむずかしいといやになってくる。社会がどんなに便利になっても、生まれてきて、死ぬまで生き続けなければならない人間という存在の姿、悩み、矛盾、苦しみは不変だと思うからである。機械技術の発達で便利、便利をお題目みたいに唱えても、しょせん、人間存在の不条理に対する悩み、苦しみ、不安を表層的に目隠ししているだけで、目隠しされた人間はますます弱くなりつつあると思う。つまらぬことだ。。(と、携帯電話を持つのは、全世界で最後の1人になる、と決めている私。。笑)「かわいい子には旅をさせよ」という諺が問う、親という存在の度量の大きさ、健康な形で不安を乗り切り、親離れしていく子供を育てるのはほんとにむずかしい。ヨーロッパに1人武者修行に出かけたんだろ、もう、電話してくるな。。(笑)(と自分の日記に書くことはできても、これを娘に実際に言うと、虐待だのなんだのとうるさくなるから、言えない。そうやって、子はますます軟弱になっていく。。ああ、いやだ。。意地でも親には絶対に電話なんかするもんか、、と思う子供はどうやったら育てられたのだろうか。。あああ。。。とか言いながら、やっぱり娘の元気な声が聞けて、うれしかったかな???笑)

2008/05/20(火) 学者の世界
もちろん学者にもいろんな人がいる。このあいだ行った学会で、聞きたかったけれど、聞けなかった発表をした大学の先生に連絡をとったら、気持ちよく論文を送ります、と言ってくれた。ありがたいと思って、楽しみに待ったけれど、一向に届かない。友達の学者に尋ねてみたら、そういうことはしょっちゅうだから催促してみたらいい、と言ってくれたので、ていねいに催促してみた。引用するときは、注意して、間違いのないようにしますから、とまで書いたけれど、もう返事すらくれようとしない。完全に無視である。何か思うところがあって、気持ちが変わったのだろう、とは思うけれど、それなら初めから、今日中にでも送ります、なんて体裁のいいことを書くなよ、と思う。送れなくなった理由ぐらい教えてくれたら、とか思うけれど、これが日本人が言うところの「うまくかわす」ということなのかも。。それならば、私は日本人は嫌いだ。こういうのは不誠実というものである。この感覚、日本人のことをスニーキーと思うアメリカ人の感覚かも。。(笑)何が博士号だ、何が大学の先生だ。ふんだ。。(笑)そうかと思えば、その人が書く記事は楽しみに読んでたけれど、会ったことはなかったという学者は、気持ちの大きい人で、いろんなことを教えてくれるし、情報もシェアしてくれる。お互い、ここまではまだ書かないで、みたいなことを言い合いながら、情報を交換しあう。ありがたいことだ。別の学者の友達によると、学者同士はけんかになるとえげつない、そうだ。みんな自分が一番偉い、と思っているからだそうな。そうだろうなあ。。ああ、いやだ。。(笑)学者世界とは縁がないけれど、縁のある学者さんとは仲良くしよう。。(笑)

2008/05/13(火) 書き残しておきたい言葉
新聞で、「東海道中膝栗毛」を書いた十辺舎一九のことを調べた女性作家の紹介記事が出ていた。その中で、一九さん、作家になる前に浄瑠璃作者近松東南に聞いたらしい。「身どもでも、作者になれるのか」東南答えて、「道を外れることができれば、作者などだれでもなれまする」女性曰く、「作家は廃業。正道につけない人がやっている仕事だと思う」「正道から外れているからこそ見えるものがあり、マイナーだからこそ人を感動させられるのかもしれません。。」
道は、多少はずれてるかも、だけど、正道につけない、とまでは行けない。だって、ぶつぶつ言いながらも公務員をもう7年もやってるんだから。。だから、「売れないライター」のまま。。それでいいや。。。(笑)正道から外れて、売れる作家になっても、そのまま自殺にまで追いやられたくないもんね。。毎朝、庭に出て、鳥の声を聞く幸せをいつまでも続けたいから。。。売れないライターの力しかなくて、ああ、よかった。。(笑)

2008/05/12(月) 田舎の楽しみ
日本からのテレビ番組を見ていて、裏庭に、群れて絨毯のようになって咲いている青っぽい紫のようなかわいい花がすみれと初めて知った。すみれって、野生の花だったんだあ。。そうかと思えば、やっと鳥の種類も二つほどわかるようになってきた。のどのあたりが橙色なのがこまどり、全身がまっかっかなのが??(度忘れ。。笑)、まっ黄色なのがフィンチ、えさをつるして待っているハミングバードはまだ来ない。。獲付け?はなかなかむずかしいそうな。。日本では、すずめと鳩しかわからなかったのに、大進歩だ。。(笑)週末は、久久しぶりに道でばったり会った友達と、ウイスコンシンの聞いたこともない小さな町のがらくた屋ーよく言えば、アンチーク笑ーで遊んできた。友達も、がらくたを見て回るのが大好きと知って、二人してやったあ、って感じ。(笑)道すがら、道端に、「フィールドストーン売ります」という看板を見つける。農場の土から出てきた岩は、フィールドストーンと呼ばれると知った。クレーンとトラックがなければ動かせない大きな岩がいくつもころがしてある。欲しい人は、ここに電話せよ、と電話番号も書いてあった。私が見てすぐに、ほしい、と思った蒼黒い石は、女の手で運べるほどの小さいものだ。このままもっていったら盗みだよな、とか思いながら、有刺鉄線のあいだから、二人でうまく石を盗み出した。農場には家はなく、残された電話番号はシカゴ郊外のものだから、どうやら不在地主みたいになっているらしい。盗み出すところを、近くの家の若い兄ちゃんに見られてしまったから、一応友達の携帯電話を借りて、持ち主にメッセージを残す。そのあと特に連絡なし。女手が扱える石なんて、勝手にもっていってくれ、ぐらいにしか思ってないのだろう。やったあ〜〜〜(笑)1時間のドライブのあと、お目当てのアンチーク屋は、小さな田舎町にしてはすごく大きくて、それも品数豊富。これまで見たことのないようなものが、けっこう安価で並んでいた。セメントで作られた、魚釣りをしている黒人少年の像ーもともと庭に置くものだったようで、少年もちょうど足を組み、釣竿を構えている姿には愛嬌があり、置物にばっちりである。ビンテージとなっている。こんなもの、見たことがない。のどから手が出るほど欲しかったけど、これは現代の感覚でいくと、人種差別者ということになる。やっぱ、私の庭には置けないな。黒い顔がダメなら、黄色か紫に顔を塗り替えればいいのかな、とも思ったけど、やっぱり目やら唇に黒人の特徴が出ている。ステレオタイプの黒人像であることには変わりはない。あああ。。昔は、こういうものが平気で白人の家の庭先を飾っていたんだなあ。サーバント姿の黒人の人形もけっこう並んでいるが、こういうものは現代ではもう作れない。だからこそ、アンチーク屋で買っておきたいとは思うけれど、せっかくお金を出して買っても、おおっぴらに飾れないところが悩みの種となる。隠さなくちゃだめなものなら、なんでお金を出して買うの、となる。そうかと思えば、占領下の日本が作った陶器の西洋人形のおもちゃは山ほどあったが、今まで見たことがなかったのは、ドールハウス用の台所の冷蔵庫やらトイレのおもちゃである。トイレなどは、トイレの蓋までが木で作られ、それが開閉できるという精巧さである。壊れることもなく、ていねいに残されていた。どうやらアメリカの会社が、日本の会社に委託して作らせていたらしい。箱までが残されていて、ドールハウスと英語のラベルがはってあるけれど、裏を見ると、メイドインジャパンとあるし、第一、箱の模様が市松模様である。私が生まれたころ、日本はこんなものを作ってたんだあ。。がんばったねえ。。がんばって、今の日本があるんだねえ。お疲れさん、親の生きた日本と日本人を想像して、思わず、声をかけたくなる。そして私は、昔の日本からエネルギーをもらう。それにしても、こういう誰も知らない田舎町では、人は4世代、5世代と同じところに住み続ける。だから、都会の店では見ることのないようなものが、非常にいい保存状態で残されているようだ。その上、安い!! 結局、わあ、これ、いい、安い、を連発して、籐の旅行かばんやら(本物の籐のものなんて、もう作られていないのではあるまいか。。よく見たらプラスチック、なんてのがざらである)、シルバーの台座がついた一輪ざしやら、がらくたをごちゃごちゃと買ってしまった。私たちは、店に入ってきた初めてのアジア系の人間だったかも知れない。3時間があっというまに過ぎて、それでもまだ足りないが、私と友達との共通の気持ち。。。また絶対に来ようね、と言い合って、別れた。ああ、いい一日だった。田舎生活の楽しみ。田舎がいい。。(10年前、こんなことを言うようになるとはつゆとも想像ができなかっただろうな。。笑 年をとったという証拠である。悲笑)

2008/05/08(木) 身体の変調
とうとう身体が目に見えて、おかしくなってきた。まず、ひざが痛い。我慢できない痛みというわけではないけれど、体重が負担になっていると教えてくれるような痛みかたである。つまり、足が力を失ってきたのだろう。あああ。。もっと怖いのが、とうとうクロールができなくなったのである。昔は、25メートルは泳げたのに、今はもう、ひとかきすらできなくなってしまった。(悲)というのも、水中で息つぎができないのである。つまり、まず顔を水につけて、右手をあげて、そのときに顔をあげて、息をするわけだけど、その右手をあげるタイミングと息継ぎができなくなって、顔が水中に戻ったとき、なんと私は口をあけて息をはくどころか、歯をくいしばって、息をしないように舌をつっぱっているのである。これでは、左手をあげることもできず、結局ひとかきもできなくなってしまったのである。一体これはどういうことなのか。身体は何を恐れているのだろう。身体がコーディネーションの機能を失って、何もかもががたがたとくずれ落ちていくような気がする。怖い。。。膠原病とか何とか、筋肉が力を失っていく病にでもかかっているのではないかと心配になってきた。昔は、平気で、25メートル泳げたのに。。。今ではなんとひとかきすらできない。。。若いというのは、やっぱりいい。。もっているときは、そのありがたみがわからない。失ったときに、はじめてわかる。。ああ、なんとかもう一度クロールができるようになりたいな。。(こんなことを考えるとは、去年は夢にも思わなかった。。。悲)

2008/05/06(火) やったあ。。2
今朝初めて、新しく置いた、鳥のえさ円筒?に、鮮やかな黄色の鳥が二羽とりついて、円筒をつついているのを見た。やったあ。。。円筒はメタルの網ーメッシュ?でできている。こんなところにとりつく鳥がいるのかな、と疑問に思っていたのだけど、いた!!! ちっちゃいけれど、ちっちゃいからこそ、あのメッシュに止まることができるのだろう。。ああ、うれし。。。(笑)そうかと思えば、テーブルの上で見るのはもう飽きた、と思って、フランケンシュタインサツキを大きなポットに入れ替えようと出してみてびっくり。。なんでフランケンシュタインなのか、その秘密を垣間見たような気がした。ポットの形になった土?が冷たいのである。どうやら何かわけのわからぬもので固く巻いて、凍らせてあったらしい。。根なんて一本も見ることなし。私がやり続けた水は、わけのわからぬ”枠”の中で、ぶちゅぶちゅとスポンジみたいになっている。なんだあ、これ。。これじゃあ、ポットに入れ替えても、根がわけのわからぬ枠から出てきて、広がり、生きつづけるだろうか??もしかして、消費者が飽きるまで置き、あとはゴミ箱行きになるのを想定して作っている?? そうかと思えば、ローズに今年入荷の樹木を見に行ってびっくり。杉だかもみだか、松だかとにかく常緑の針葉樹の葉が真っ白なのである。脱色したみたいに白くなって、並んでいた。気色悪い。。いったい園芸業者は何をやってるんだろうか。。商売だから、いちいち”めでて”いる暇はないとはよくわかるけど、これって生命の冒涜じゃないの。要するに、人工的な”命”の切り貼りである。金のための臓器移植のコンセプトとあんまり変わらない?? 庭で抜いても抜いても、切っても切っても出てくる雑草のほうがよっぽど愛らしく思えてきた。。(笑)

2008/05/05(月) 英訳プロジェクト
まだ英訳ができあがらない。単に本の翻訳ならもうすんでいるのだけれど、過去10年間の状況の変化に伴い出版された、新しい資料を読みなおしていたら、こちらの考えも膨らんできてー第一、私自身が変化しているではないかー、なにやら収まりがつかなくなってきた。大丈夫かな、これって感じである。。ああ、さっさと単なる翻訳だけにしておけばよかったかな。。でもな、日本語から英語へのおうむ返しなんて退屈で、つまらないしな。。英語と日本語では、読者層も読者の住む社会も完全に違うわけで。。ああ、やるしかない!!なんとか今月中には、めどがつきますように。。。


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