〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2010/12/19(日) 今年も終わった。。
気のおけない友達との忘年会も無事終わった。8人が集まって、夜中の2時までカラオケ屋で騒いだ。1時間かかる帰りのドライブを考えると遊ぶ気になれないと、ホテルに泊まる気合を入れての忘年会だった。(笑)お互い言いたいこと言い友達が、突然西海岸への転職を発表したために、送別会も兼ねていた。みんなが持ち寄ったエネルギーがばんばん回って、翌朝、日系スーパーに行くと、なんと忘年会で偶然話が出た、ロサンゼルスに引越しして6年ほど会っていなかったがまたイリノイに戻ってきたという共通の友だちにばったり出会ってしまった。。怖いほどエネルギーが回って、自分でも気色が悪いほどだった。この2日間ほど、忘年会が生んだエネルギーに圧倒されていたが、ようやく気持も落ち着いて、明日からのトルコ行きの準備ができるようになった。(笑)友達たちは、一期一会という言葉を使って、共有した時間の楽しさを語る。私は、一期一会というよりは、やっぱりその人が持っているエネルギーのベクトルを大事にしたいと思っている。たとえ一期一会で会っても、ああ、この人のベクトルは逆向きだよなと思ったら、あたふたと逃げ出さねばならないからである。というか、向こうから逃げていく。。(笑)エネルギーのベクトルが同じ方向を向き、循環と止揚を繰り返して、より大きなエネルギーを生む力を持っている人とのご縁は必ず続くだろう。なぜなら、お互いより大きくなり、より大きなエネルギーの循環に組み込まれていくプロセスの中で化学反応を起こしてひきあい、またどこかでめぐりあうのである。一期一会というよりは、拡張膨張期多岐発展会である。(笑)いろいろあった今年も終わろうとしている。今年、偶然袖をすりあわせた人、たとえほんの短い時間でも、いっしょに時間をすごしてくれた人、わが身に起こったすべてに感謝である。宇宙のエネルギーをもらって、今の私がいる。ただただ感謝。

2010/12/17(金) あほな日本。。(怒)
ニュースより:
中国外務省の姜瑜副報道局長は17日、中国の軍事的台頭を「地域・国際社会の懸念事項」と記した日本の防衛大綱の決定について、「個別の国が、国際社会の代表になった気で、中国の発展に対して無責任にとやかく言う権利はない」と反発する談話を発表した。

こういうニュースを読むと腹立たしい。中国に対して、でなく、日本に対して、である。なんでこういう偉そうなことを大きな顔をして言って、中国を怒らせるかな。。。中国の怒りがよくわかる(笑)かっこつけて、アメリカが言ってることと同じことを繰り返さなくてもいいんだよ。どうせ世界中は、日本なんて、アメリカの影がなかったら何もできない国、と、もう誰も相手にしてないんだから、黙っておとなしくしてたらいいのに。。。アメリカさん、よろしくね、で楽ちんして、でもその影からじっと回りのエネルギーの動き方を見て、これぞというときは、ねちっとごねることで自分のほしいものをなんとかして手に入れようとする。。ごねるのが外交交渉である(笑)自分の出番が来たときに、アメリカを困らせるような形にもっていかなかったら、中国を牽制できないのである。要するに、日本の要求事項を、アメリカに中国と交渉させるようにもっていく。アメリカを日本のために動かすようにするのである。それなのに、相変わらず大国のつもりで、中国が国際社会の懸念事項だと真正面から言うなんて。。。それは覇権主義で東アジアを押えておきたいアメリカの台詞だろ。。アメリカの”ケツの穴’をなめてます、と別に世界中に宣言しなくてもいいんだよ、バッカ。友愛だの、トラストミーだの、戦うための自分の言葉すらもってないんだから、黙ってろ、アホな日本、みっともなさすぎる。(怒悲)

2010/12/13(月) よかったあ。。
娘が無事にベイルートに着いて、教授と晩御飯を食べた、と連絡が入った。ああ、よかった。。これでもう私はおもいっきり遊べるぞ。。(笑)きのうの大風、雪のシカゴで、無事に飛行機はサンフランシスコから飛んでくるのか、と心配したが、無事にやってきて、無事に飛んでいった。。きのうはオヘアで100便がキャンセルになったというのに、ラッキーなことだ。。まあ、先が長いから、たぶん国際線が優先されるのだろうけれど。。私のほうは、今日、シカゴに行く予定をあきらめた。晴れて、風はないけれど、道は氷が張ってるし、気温は華氏の0度。摂氏で言えば、マイナス16度ぐらい?? 運転をひとつ間違えて、どこかに漂着することになったら、携帯電話をもってないことをなじられそうで。。(笑)。わざわざそんな日に出かけていくことないよな、と思ったが、娘が無事に着いたとなると、また遊びに出かけたくなった。(笑)すべてそのときのムードで決まる、中高年のきまぐれ、きまま老後生活。。。(笑)

2010/12/12(日) シカゴの冬
きのうの午後から天気がくずれた。雪よりも、風が吹くとやばい。(悲)気温が氷点下までさがらなかったから、まず雨が降った。しばらくして、雨が雪に変わってきた。すると、路面の雨が凍って、氷になる。その上に雪が降り続いて、それから強風が吹くと、風で路面の雪がまいあがるわ、道を行こうものなら、雪の下の氷に足をとられれば、すべるわ、タイヤは空回りするわ、あげくに風に舞い上がった雪で視界はゼロ、という惨憺たる有様となる。で、これがシカゴの冬で、なんと今日である。家にじっといる分にはいいが、こういう日に旅行となると最悪である。シカゴの空港が閉鎖となる可能性も大なり。で、人ごとならどおってことはないが、なんと娘が、西海岸のオレゴンからレバノンはベイルートまで飛ぶ日なのである。ああ、なんということか。。オレゴン、サンフランシスコ、シカゴ、ベルギーのブリュッセル、それからレバノン、という世界一周でもするようなルートである。一箇所でおかしなことになれば、予定が全部狂うではないか、と、何もできないのに、一人でいらいら心配している。(怒悲)娘に電話してみたが応答なし。。知らせがないのは良い知らせ、とは思うけれど、いったいどうなることやら。。ああ、うっとうしいなあ、これがシカゴの冬だ。天候に日常が左右されることのないところに住んでいる人間には、絶対にわからぬこの苛立ち。。。だから、人間は傲慢になるのかも知れぬ。。。じっとガマンのシカゴの冬。。。(笑)ああ、無事に娘がレバノンまで到着しますように。。。

2010/12/11(土) うれしい2.。(笑)
今日の地元の新聞のトップニュースが、アムトラックがジェノアの町を通ることになった、というものだった。ジェノアは、ここから近い。。やったあ。。。!!!!すごくうれしい。(笑)今から工事をしてーというか、長く使われなくなっている線路とかを修復して、ということだろうが、完成は2014年ごろとか。ああ、うれしいなあ。。といっても、ほんとにアムトラックが走るのを見なければ信じられないが。今度の路線は、シカゴからエルジン、ジェノア、ロックフォード、ガリーナ、それからミシシッピ河を越えて、アイオワのヂュブークまで、という線である。これでまた、アムトラックに乗って、いくところができたぞ。。楽しみ、楽しみ。。。と書きながら、ふと思った。。これって、ほんとに、都会の便利なものが来たと喜ぶ田舎の人のメンタリティ??? ふん、それが何が悪い。。(笑)と書きながらも、ほんとの田舎の人は、電車は、都会の悪い人や犯罪をもってくる、と電車が通ることすら拒否するのである。経済開発より、銃をもって静かな生活を、である。アメリカ人は田舎者と笑うのはたやすいが、クオリティライフでもある。

2010/12/10(金) うれしい!!!(笑)
日本からのテレビで、初冠雪をいう言葉を習った。うれしかった1ー笑 日本のニュースを見ていたら腹がたつことが多くなって、見ないほうが精神衛生上いいのだが、やっぱり学ぶことがあるので見ている。日本語が私の核だから、日本語だけは忘れるわけにはいかない。。数日前に、こちらも初冠雪があって、あれからずっと銀世界である。3月ごろまで溶けることはないかも。。今年初めてのデッキの雪かきもした。新雪を踏むときの、あのさっくさっくとした感触が大好き。。うれしかった2.。うれしかった3は、おとといだったか、インディアン女性に会ったことだ。地元の新聞に、ビーズを作っているという記事が出ていた。ええっ、ここにインディアン女性がいるの、会わなくちゃ、と即座に思った。連絡をとって、無事にビーズのお店で会った。チペア族で、ウィスコンシンの北端、スペリオル湖に面したバッドリバー居留地からだとか。伝統の文化をここの小中高校で教えている。すごい。。ほかにインディアンの人がいるか、と聞いたら、知らないと言う。やっぱり。。。(笑)ひさしぶりにスウェットロッジやらサンダンスやらの話をして、心がなごんだ。チペア語も話せるというので、話してもらった。きれいで、心がなごむ音楽のメロディのような音の連なりである。子音がうるさい英語とえらい違いだ。。(笑)そして、うれしかった4−きのうシカゴに久しぶりに出ていった。夕方5時ちょっと前、空が私の大好きな蒼になった。街路樹のクリスマスライトに、高層建築をとりまく美しい蒼に感激して、涙まで出てきてしまった。(笑)ああ、ここにいて、よかったとつくづく思った。おのぼりさん丸出しで、きょろきょろしていたら、通行人が面白そうに、私をのぞいていった。上ばっかり見ていたら、足元の氷に足をとられそうになるし。。。でも、うれしかった。。(笑)そんな小さなうれしい時間を重ねて、生きててよかったな、となるわけで。。。ここ2、3日は、生きててよかった時間である。感謝。。

2010/12/02(木) 初雪
ここ2日ほど、雪がぱらつくようになった。あたりも真っ白というわけではないが、道の両側に雪がたまっている。はきたくなるようなかる〜〜〜いい粉雪である。気温も零下5度ぐらいに落ちているのだろうか。(華氏20度)冬がやってきた。別に感慨なし。。(笑)いろいろあった今年がやっと終わるのだ。心のどこかでほっとしている自分がいる。おとといだったか、左目の調子が悪いと、また検眼医に出かけていった。いよいよ左目にも白内障が出ているという。白内障といえば、60代か70代の問題じゃないの???私はまだ50代半ばだよ。。(悲)これも、超近眼のせいだろう。健康な人の目よりははるかに早く出るのだろう。といって、網膜の手術の副作用としての白内障ではないから、右目ほど、どん、どん、どんと2ヶ月ほどで悪化するとは思えないけれど、70代まで待てるとも思えない???手術が成功するとわかっているなら、よく見えるようになるのだから、手術したほうがいいのだろうけれど、やっぱり手術はいやだ!!!(悲笑)でも、わかったこと。。私の目は、もうコンタクトレンズで解決できる時代を過ぎてしまったのだ。目の組織の問題となってきて、コンタクトで矯正することはできなくなってきている。ああ、これが年をとるということだ。(悲)友達からのニュースでは、岩波書店から本を出すという。やったあ。。自分のことのようにうれしい。。岩波から、新書ではなく、単行本を出したら、アカデミアの世界では頂点を極めたようなものではないか。。すごいなあ。。。と思うけれど、私にはできず。。できなくていいや。。。(笑)どうやら、岩波は外部の学者に査読に出すようなのである。で、それが通ったら出版するって感じ。。。学者たちの、重箱のすみをつつくような世界で生きるようになったら、人間としてのダイナミズムを失って、人間としては終わりではないか、ぐらいに思っている。(笑)人間、外向きに生きよ、という原稿を今、一生懸命書いている。なあんかそれがすごくうれしい。。(笑)ああ、学者とは縁がなく、岩波とも縁がない。。だから何なのさ、だ。(笑)あと1週間ほどで、娘はレバノンに発つ。それからイスタンブールで待ち合わせである。無事に出会えるのかどうか、すごく不安である。今年最後の冒険、というか、人生最後の冒険のようにも思える。。。もう、飛行機に乗りたいと思わないのだ。。機首をあげた飛行機に、昔のようにわくわく感を覚えない。2年か3年前、フランクフルトやらニューデリーにとんだときも、あれ、着いちゃったの、ぐらいにしか感じられなかった。できるものなら、庭のもみじを眺めて、静かに時間を過ごしたいのだ。ああああああ、年をとったよなあ。。とうとう今年も終わって、また年をとるよなあ。。そういえば、このあいだ、日本のドラマを見ていたら、50代半ばの役を演じる布施明が言っていた、「50になって、急に老いるのが怖くなってきたんですよ」。同感である。急に怖くなってきた。。ただただ、楽しい時間を過ごして、楽しい思い出を増やさねば、とそんな焦りばっかり感じてしまう。といいながら、今年いよいよ介護ヘルパーさんが必要となった母親は80を過ぎて、まだがんばってくれている。あの年まであと四半世紀もあるのか。。と思うが、同時に、25年なんてすぐにやって来て、去っていくような気もする。。(悲)今ただ願うことは、無事に娘と異国で合流して、今年もありがとうございました!!!と、イスタンブールで地久海に向かって元気で叫ぶこと。。その元気を、雪空を眺めながら、あと2週間ほどでなんとかかき集めねば!!!(笑)


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