〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2010/09/10(金) とうとうやってきた
いつか必ず来ることは、ようくわかっていた。でも、現実を前にしなければ、体も頭も動かない。まあ、そのときが来たら考えようで、先延ばしにしてきた。とうとう来た!介護の問題である。日本の異常な猛暑のせいで、熱中症がとりざたされるようになって、もうかなりになるが、もともと母親の家にはクーラーがなかった。やばいなあ、と思っていたら、案の定、もう1ヶ月ほど前になるのだろうか。道で倒れて、救急車で運ばれたという。いわんこっちゃない。2日ほど入院して帰ってきて、クーラーをやっととりつけてもらったらしい。病院が帰してくれるぐらいだから、大丈夫なんだろうと、それ以降は何も問題はないように思っていたら、数日前、道を歩いていて、またこけたという。自分で起き上がれなかったようで、また誰かが救急車を呼んでくれたらしい。喫茶店でごはんを食べての帰りだったと聞いて、気分が悪くなった。(悲)以後、もう外に出るのが怖い、で、家にこもりっきりらしい。ただでさえ、人との交流がない、一日誰ともしゃべらない、という時間を長年過ごしてきた人なのに。。。これで、足が萎えて、自分でまったく外に出られなくなって、、となるとどうなるのか。。というわけで、ここ数日、介護保険の説明を探して読んだり、介護センターを探したり、弁当やを探したり、有料老人ホームのホームページをのぞいたり、友達に電話して、食べ物を運んでもらったり。。。友達曰く、かびくさかったよお〜〜〜、汚かったよお〜〜〜、くらあかったよお〜〜〜。ああ、気分が悪い。もともと寄りつきたくなかった場所だけど、これじゃあますますである。。。(悲)いろいろ探したら、近所に、市がやっている介護センター?があることがわかった。早速電話すると、様子を見に行ってくれた。介護保険の申請をしてから、1ヶ月ほどかかって、。。。といろいろむずかしいらしい。でも、少なくとも、誰かが見に行ってくれて、保険の申請をしてくれて、と、人とのコンタクトがとれるのがうれしい。すべてメールでである。技術の進歩に感謝。(笑)母親に聞いても、わからん、知らん、で、コミュニケーションにならないからである。年齢も年齢だけど、性格が。。。(悲)それにしても、あの田舎駅の近くに、いろいろ施設があるのを知ってびっくり。とりわけ海のそばの有料老人ホームのホームページを見てびっくり。。2000万円以上の一時金、かつ毎月いくらだったかは忘れたが、それを払えば、なんと少女趣味満載の部屋に入れてくれるらしい。レースのカーテンだの、花柄のどうのこうのと、まるで、ヨーロッパのお城ツアーにでも出かけるような感じ。。きしょくわる〜〜〜(笑)いくらお金があっても、人生の終わりをあんなところで過ごしたくないよなあ。(笑)なぜ私はこんな人間なのか、を考えるとき、長年あまり建設的ではなかった親子関係からは絶対に逃れられない。でも、過去をどんなに眺めても、過去は変えられない。といって、前を見るにも、もう限られてしまっている。ただ私ができることは、黙して語らず、ただするべきことをするだけ??? 親も子も、自分が選んだわけではない人間関係の幕引きは、相手に、そして自分への忍耐の形の中に、言葉になることはない「愛情」を見出すことかも知れぬ。配偶者が言うには、私は、あれほど父親を嫌っていたのに、死んだとたん、一言も父親の悪口は言わず、蝶になったとか、蝶を見るたびに、私を守ってくれてるとか、まるで父親が聖人にでもなったかのように言うのがおかしいとか。(笑)「愛」をへらへらと口にする、できる人間ほど、あてにならぬものはないというのが私の持論である。(笑)「愛}との最後の、そして過酷な戦いが始まる。


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