〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2011/12/19(月) このごろのビジネスのやり方(怒)
出発は21日の朝7時という早朝。よって、実際には、明日の夜から、シカゴのモーテルに泊まって、朝5時のシャトルに乗って空港へ行く。ところが、いつもは早めにチェックインせよ、というメールが航空会社から来ない。前回、日本に緊急に帰ったとき、帰りの飛行機を使わないというおかしなことをした。片道を買うより、往復で買ったほうが安かったからである。何か感じる直感が働いて、航空会社に電話して、びっくりした。なんと乗るつもりだった飛行機がキャンセルになっているというではないか。サンフランシスコから大阪行きは水曜日がなく、帰りは火曜日がないという。つまり火曜日発の帰りのフライトもキャンセルになっていたのである。そういうことは、すぐに、まっかっかのメールでも送ってくれたらいいのに、連絡は何もなし。。。一体どういうことか。直感が働かなかったら、朝6時に空港に行って、そんな飛行機はありません、といわれるところだったではないか。これまた怒って怒って、長いあいだ電話にかじりついて、オヘアから成田直行に乗りたいと思ったけれど、これまたいっぱいだとか何とか。日航と交渉できないのか、とか言っても、結局成田から関空までの乗り継ぎ便を考えると。。。とごちゃごちゃして、結局オヘアから上海に直行して、それから関空ということになった。。。ああ、疲れる。。。(怒悲)まあ、今はときめく中国のこと。。上海空港だけでも見てこよか。。そういえば、ちょっと前に直行便に乗って、ぶらりとどこかへ、みたいなことを書いたよな。。それでこういうことになるのだ。。(怒)大昔、娘が生まれる前に、大阪南港から上海行きの船があって、それに乗って、上海へ行ったことがある。揚子江だったのか、大きな汚い泥水の中を通っていったのを覚えている。最初の夜は部屋がなくて、ホテルのロビーの床にざこね。。。若かった。。(笑)確か、帰りは飛行機だったような気がするが。。空港は見違えるようになっているに違いない。本場の中華料理でも食べてこよう。大昔は、卵の黄身があまりにもだいだい色なので、気持ちが悪くて食べられなかったのを覚えている。今はもう毒入り卵で、黄身も薄い黄色???(笑) 

2011/12/16(金) 便秘猫
もう16歳ぐらいのオス猫、シナバーの様子が、きのうの午後ぐらいからおかしかった。食欲がなく、おなかすいたあ〜〜〜とうるさく言わないのである。まあ、静かでいいや、と思っていたが、夜になってもまったく食欲がなく、ベッドの上でじと〜〜〜と寝ているから、だんだん心配になってきた。朝になって死んでたらどうしよう、と、おちおち寝られなかった。(悲笑)今朝も、ほとんど食欲がないのでー普段、ものすごい勢いで妹猫の分まで食べていたーとうとうお医者に連れていった。結論は便秘。。なあんだ。。(笑)でもまあ、明日にでも死にます、と言われなくてほんとによかった。。今の私に、”死”は受け入れられない。。(悲)母は下痢、猫は便秘かよ。。私はどうしたらいいの。。である。(笑)でも、猫の便秘で下剤を入れてもらうと、それだけで2万円以上とられた。ああ、ばかたらし。。。保険はないの、と思って、ふと考えた。長いあいだ一人暮らしさせた母にはほんとに申し訳なかったけれど、でもやっぱり医療費とか保険とか考えたら、アメリカには連れてこれなかったよなあ。。。最後の最後まで医者にも行かず一人でがんばって、入退院を繰り返すことになった。これしかなかったのだろうか。どうせ医療費を使わないのなら、病気になってから日本に帰るという手もあった???と今からいろいろ考えても、まったく意味がない(悲)自分の好きなようにはさせてもらえなくなる老人ホームには、人は入りたくないものらしい。。やっぱり母は自分の人生を貫いたということか。そう信じるしかないなあ。。もう時間は後戻りできないのだから。。(悲)母の様子がおかしいなあ、と時々思うことがおきはじめてからいよいよ1年が経とうとしている。おかしいな、と思ったのに、飛んで帰って様子を見なかったことを悔い続けた大変な一年だった。その一年がもうすぐ終わる。来週の今頃は日本である。ああ、どうか終わりよければすべてよし、になりますように、と願っても、すべてよし、になるはずがないのはよくわかっている(悲)便秘猫よ、あんただけはもうしばらく、できることならあと10年ぐらいは頑張ってね。みんないっぺんにいなくなったら、ほんとに寂しくなるから。。(悲)

2011/12/14(水) 生と死
この半年ばかり、介護の現場をいっぱい学んだ。この1ヶ月間ほどは食物についてである。母は、老人ホームで流動食を胃に流し込まれるようになって3ヶ月間、ずっと下痢をしていた。ホームのお医者が、下痢止めを増やすみたいなことを言いだして、これはいやだ、何とかしなくちゃ、と直感的に思っていたら、突然入院となった。1週間ほどして容態が落ち着いてから、病院の看護師さんに下痢の話をしたら、流動食が体にあわへんのとちがう?と言われて、あ、これだ、とピンと来て、点滴から流動食に変わるとき、ホームで使っていたこのブランドの流動食は絶対にやめてください、とホームのお医者の頭越しに、病院のお医者に直接にお願いして、やっと体にあう食物を見つけてもらった。もう退院できるのに、できないのは、受け入れてもらうホームが、この食事の問題をなんとか解決しようとしているからだ。ホームにとっては初めての経験だそうな。今日、聞いた話によると、なんと流動食でも、老人食というのがあるという。看護師さんが言うには、離乳食にいろいろあるように、老人食にもいろいろある、と。(笑)老人ホームは、慣れないことをして食中毒を起こすのが怖いので、病院ができるような、生の食事をミキサーにかけるようなことはできるならしたくない、市販の老人食を使いたいという。。ふうん、離乳食と老人食が近づいているんだ、と感心していたら、何と日本のニュースで、このごろの放課後の学童保育は普通の家で行われ、子供たちに家庭的な雰囲気を味あわせるのがポイントだとか言っていた。なあんだあ、それって老人ホームかデイサービスのコンセプトじゃないの、と思ったのだった。(笑)なにやら、若い人生これからという人たちの時間と、人生の最後の時間が類似してきているような感じだ。。。取り残されているのは、12歳から65歳ぐらいまでの働き盛り、生き盛りの時間だ。生と死が同じような形になっているというのはいったいどういうことか、と一瞬思ったが、よく考えて見れば、昔から、最初と最後は”おむつ”である。ああ、そういうことか。。。(悲)

2011/12/08(木) ぴちぴち(笑)
職場の自分のコンピュータの近くに、観葉植物?をおいている。日光がぜんぜん当たらないところだけど、電灯だけで、元気につる?を伸ばしている。つるは、本能的に自分たちの”足”をおくところが分かるらしく、上手にコンピュータの上に足をおき、それから近くの棚のほうに向かっている。で、そのつるの先端が、ぴちぴち若葉である。ああ、ほんとにぴちぴち。。(笑)鉢に近い葉は、もう60近い”おばはん”らしく、深緑というか黒っぽくなりかけているのに、このつるの先端の若葉は、輝く黄緑で、さわってみると、めちゃやわらかくてつるつるぴちぴち。。(笑)友達は、若葉は食べると、甘くておいしいと言っていたが、ほんとに食べたくなるようなきれいな、きれいな明るい緑である。ああ、男どもが、女子高校生を見て感じるのは、この感激なのだろうな、と、私は若葉をさわりながら納得している。(笑)でも、つるつるぴちぴちの命が短いのも事実で、次の葉が出てくるやいなや、今の若葉は、おばさん街道まっしぐらとなる。ああ、人生はほんとに短い。。(笑)と毎日、観葉植物を見て思いをめぐらしていると、日本からのテレビは、また男子高校生の犯罪を報じていた。中学生や小学生の女の子を襲った事件だそうな。確か神戸のサカキバラ事件も、”性”が関係していたように記憶している。大変っすなあ。。男たちは。。女でよかったなあ、と、黒ずみかけた老葉に同意を求める私。。(笑)人生を再構成しなければならない年になって改めて、自分が”動物”である事実が身近に迫ってくる。木々は100年、1000年生きられるかも知れぬ。でも動物は。。。ぴちぴちを食べて、そして確実に死に向かっていく。その流れに抗うようにして、ぴちぴちちゃんにキスをした。まだ食べる気にはならず。。(笑)

2011/12/06(火) エトランゼ
毎日ラジオで、スペイン語の音楽番組を聞いて運転している。意味がわからないだけに、気持ちがいい。。日本でもない、アメリカでもない、どこにも属さないエトランゼになれるからだ。それにしても、歌を聴いていてびっくりするのは、大学生のころ覚えた単語を、今ごろになっても覚えているからだ。A組とB組しかないのに、C組の女王と言われるぐらいの劣等生だったのに、それでも歌に出てくる基本的な単語はよく覚えている。やっぱり若い脳細胞に刻み込まれた記憶は消えないらしい。。それにしても、こういう歌を聴いて楽しくなるのは、学生時代に再帰動詞やら男性名詞やら女性名詞やらでうんうん言って、あきらめてしまったことより、はるかに大事だよなあ。。(笑)スペイン語の歌には、よくcorazon が出てくる。ハートである。どうせ英語であろうと、日本語であろうと、スペイン語であろうと、いやスワヒリ語彙であろうと、男と女のラブソングなんて、その内容は同じだろうと思って、たとえ分かる単語が二つでも、自分で勝手に意味を解釈して、そのうちラジオから流れる歌声といっしょに、donde quiereと叫んでいる自分がいる。一人笑いしながらの運転は楽しい。(笑)。ああ、エトランゼになるとは何と自由なことか。そういえば、長いあいだ、エトランゼにはなってないなあ。。シカゴから離れる気になれないのは、ここから世界各地に直行便が出ているからである。トルコのイスタンブールまでもそうだったし、誰だったか、インドのニューデリーも直行だと言った。フランクフルトも直行だった。あと何回太平洋を往復するのかわからないが、いつかぶらりと、どこか見知らぬ土地への直行便に乗り込んで、エトランゼになろう。。。その自由への渇望が、今の私を支えている。。donde va? da me corazon...ふん、再帰動詞なんてどうでもいいやんか。。名詞の男性、女性を間違えたからと何やねん。私の英語は、永久にa,an,theはむちゃくちゃだし、前置詞も間違いだらけ。。それでもなんとかアメリカで25年生きてきた。Mi corazon es fuerte.(笑)

2011/12/03(土) 悪夢?(悲)
私は両親と談笑していた。なんと父親はフランスが好きで、行きたがっていると母親が笑いながら私に言った。と、突然目がさめた。胸がどきどきしていた。悪夢?だった。現実は、私は両親に心を閉ざし、親とは一切口をきかない人生を送った。なんでこんな風に、親と楽しそうにしている夢を見るのか。(悲)前回、病院に駆けつけたとき、母親がはっきりと言った、お父さんは、たかこのことを、あれはえらい子や、とよう言ってたわ、一人で決めてさっさと行った、えらいなあ、って。。前後の脈略なしにそういう話をする病人の頭の中は、もう回りの人間にはわからない。(悲)私が覚えているのは、私がまだ大学生だったころ、父親が、まるで私がそこにいないかのようにして母親に言った声だ。これはなあ、結婚して離婚することになっても、もう家には帰ってこうへんで、それだけの根性は持ってる。。それを聞いて、そうやろか、と母親は涙を浮かべた。いつまでも、娘を自分の所有物みたいに思っているらしい母親の気持が重く、いやだった。父親には、ふ〜〜〜ん、この男、私とは話をせえへんのに、私のこと、ようわかってるやんか、と心の中で言っていた。目の前にいるのに、娘を”これ”と呼べる親が大嫌いだった。そういう小さなことにこだわり続けて、親と関係を結べなかった人生だった。なんで今ごろ、優しい母親や父親が夢に出てくるのか。日本に帰らねば。。A circle is closing...

2011/12/01(木) 日米関係
ペリーがやってきたときからの古い新聞を見ている。そりゃもう、大変大変。(笑)日米戦争なんて、別に太平洋戦争で始まったわけではないのだ、と今回学んだ。日本が日清戦争をやってから、アメリカは日本と戦争をする気みたいなのだ。少なくとも、戦争のことは頭から離れなかった模様。日清戦争のころから記事の量が増えて、それが日露となるとそりゃもう大変、大変で。。。そのあいだにカリフォルニアの移民問題があって、大変、大変。。二言目には戦争、戦争。。。(笑)そのうちまた、日本とドイツと中国という文字が新聞に踊りはじめたから、何事か、とおもいきや、ぎゃ、ありゃ、第一次大戦だあ。。。これからしばらく、また大変だ。。。確か、4年も続いたんだよなあ。。(悲)もう考えただけで、頭痛がする(笑)。。考えてみれば、19世紀の終わりから20世紀の中ごろまで、日米は戦争、戦争で明け暮れた模様。。それが、親の世代が生きた時代だ。そして私。敗戦国日本に生まれ、育った。今、アメリカの新聞の第一面トップ記事に、「日本の脅威」といった言葉が踊ることがあるのか。。ないなあ。。それはいいことなのか悪いことなのか。。(悲笑)沖縄問題で、「犯す前に犯すと言う人はいない」とか何とか、沖縄担当局長?とやらが言ったそうだが、その意味が最初さっぱりわからなかった(笑)日本からのニュースを聞いてて、やっと「女を犯す」の犯すの意味だったらしい、と分かったが、その次の疑問は、そのことと沖縄と何の関係があるの、だった(笑)それから、局長さんはなんでそういうわけのわからぬ答え方をしたのか、という疑問がわいて、その次に、もしかして、沖縄を犯す、の意味なの、つまりそれは、沖縄を裏切る、という意味なの、とかいろいろ連想して、やっと沖縄の人々の怒りとやらがわかるような気がしたのだった???(笑)そのうち、沖縄県知事の顔がニュースに出てきて、この”ごね得”おじさんを生きながらえさせるいい口実ができたんだなあ、と、やっとここで、わけのわからぬ政治と「犯す」という言葉が結びついて納得した。(笑)今ごろ、アメリカはこれまた、ああ、うっとうしいこっちゃ、とぶつぶつ思ってるに違いない。1945年にこっぴどくやっつけてしまったから、日本に逃げ場が与えられないのである。無条件降伏ではなく、もうちょっと色をつけておだてておけば、こういうときに、また「戦争、戦争」と脅すこともできただろうなあ。。戦争をツールに、沖縄県知事を抑えこむこともできたかも知れぬ。。お前は、日本を戦争に持ち込むつもりか、戦争がいやなら、黙って基地を認めろ、それとも独立したらどうですか、とでも言って、突き放すことができる。(笑)まあ、ごちゃごちゃ「犯す」のレベルでもめててください。19世紀から”戦争”してきた日米関係は変わらない。。これからも変わらない。(悲)そして私は、部屋に並べた「made in occupied japan」のおもちゃを眺めて、日々エネルギーをもらっている。私の親たちが経験した、グラウンドゼロ、の荒廃しきった、物のなかった日本を象徴するおもちゃたち。こんなちゃちなものを作り、占領軍兵士たちに売って再起を期し、経済大国にまでやり直した日本。その「なにくそ」が、”戦争”する気じゃないと生きていけないアメリカ生活に力をくれる。沖縄の知事さんへ、「犯す」ぐらいでしたり顔になって、日本の政治家に、気の抜けたサイダーみたいないちゃもんつけてるんじゃないよーどうせ、何もできないよ(笑)ー、いっそのこと、アメリカに「沖縄を51州目の州にしてください」と直談判するぐらいの気概をもったらどうですか。そのほうが、政治が動くよ、生活が変わって、面白いよ。いい加減に変われ、「たかりの名人」と言われぬように!!(笑)


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