〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2013/04/18(木) 体が弱っていくということ
今頃、母親の気持ちがよくわかってきた。(悲)70代も後半になってきたころ、よく言っていた。このごろ荷物がもてんようになってきた、と。スーパーからミルクを持って帰るのもしんどくなってきた、と。あのころ、ミルクぐらい、とか思っていた。きのう、両手にバッグを三つほど持って、大雨の中、傘さして、シカゴの娘のところに泊まりに行った。今朝、起きると、どうも体がしんどい。思うに、荷物を持って、てくてく歩いたからだと思う。同様のことが、まだ母が生きてたころ、日本でもあった。大きな荷物をもって、道に迷ったために、普段歩かない距離を歩くと、それから数日して、旅行中にぎっくり腰のようになってしまって、大変だった。要するに、体が弱ってきたのである。荷物を持って歩けなくなってきた。(悲)母が、一度だけアメリカに来たとき、荷物をもっていなかった。小さな手提げバッグ一つでアメリカまで来た。なんでだろう、とずっと不思議だったが、今頃になって分かる。荷物をもって歩きたくなかったし、歩けなかったのである。(悲)日本なら、歩いてスーパーにいけなくなったら餓死であるー母はそれに近かったのではないか、と今だに後悔している。アメリカでは、車を運転して、スーパーにいけなくなったら餓死である。(悲)やっぱり子供は、親のそばにいて、親に餓死の危険性が出てきたら、めんどうを見るのが子供の責任だよなあ。。。やっぱり親不孝したんだろうなああ。。。身体が弱っていくというのは寂しいことだ。。寂しい、寂しい、と言ってた母親の声が聞こえてくる。一人暮らしだったから寂しい、というよりは、自分が弱っていくのをじっと見てるのが寂しかったんだろう、と思う。源氏物語が好きだった母のこと、それぐらいの美学はもって生きてた。。。私の美学はどこ????(悲)人生の終わりが近くなってくると、生きる自分の美学が問われる年でもある。お金も、おいしいものが食べたいとも、そのうちどっかに行きたいという気持ちもなくなって、ただただ簡単には動かなくなった体をぶらさげて、自分の前に残されている時間と対峙して過ごすだけの日々がやってくる。。そのときまでに、自分の美学をどこに見出すのか、考えておかねばならぬ。人生のラストスパートだ。。(悲)


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