〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2013/09/25(水) 老子の言葉
つい最近、出会った言葉を書いておこう。書くことで、私のだんだん薄っぺらになっていく脳細胞に刻み込まれるように。。「知る者は言わず、言う者は知らず」である。「知る者は言わず」−美しいなあ、と思う。その美学を忘れないようにして、明日、また飛行機に乗る。すべてうまくいきますように。このごろ、日本のドラマで親子関係を扱っているのをよく見た。東京に出た息子に、いっしょに住もうと声をかけられて、東京に出てきて同居しようとした父親、「親とは、寂しいからと言って、子供に甘えたらだめなんだ、親はいつまでも親でなければ。。海にならなければ」という言葉を残して、田舎の一人暮らしに戻った。きのうだか見たコメディータッチのドラマでも、「私はあなたの息子ではない」「親子ではない」みたいなせりふが流れていた。聞いて、涙が出てきた。母に「(一人暮らしさせて、ほったらかしにした)私のことを怒ってないか」と尋ねたとき、「怒ってない。親子やから」と言われたことを思いだしたのである。「親子やから」−震災以降、いやというほど聞くようになった、絆といった、もう手垢にまみれきった薄っぺらな言葉では表現できないものが「親子やから」である。どんなにけんかしても、どんなに子供が反発しても、「親子やから」−「知る者は言わず」の親心以外の何ものでもない。「知る者は言わず」−美しく生きたいと思う。「言わない」ほんとに強い人間だけが、美しくなれる。

2013/09/18(水) 介護ロボット
日本からのニュース番組で、いよいよ介護施設で、介護ロボットの導入が進められていると知った。ベッドに横になっている人が身体をおこせば、カメラでわかるという仕組みである。そして、そのカメラは、壁に飾った額のなかに隠しておくとか。昔、私の本「大きい女の存在証明」の中でも紹介したが、年をとったら、大きな女は介護するのが大変だからと嫌われると心配?したら、たかこさん、クレーンができるから大丈夫ですよ、みたいなことを言われた。クレーンはいやだなあ、と今も思っているが、いよいよロボットが身体を抱き上げて、入浴させるということも起こるようになるんだろう。クレーンもロボットも同じだ(悲)そう思っていたら、今日はゴミの日。ゴミ収集会社が新しい大きなゴミ箱を各家に配るからどうしたのかと思っていたら、収集の仕方が変わったのである。今日、トラックが来たので観察していたら、なんと大きなトラックの前面から、クレーンの手?が出て、ゴミ箱を持ち上げ、トラックの中に捨てていた。トラックにいる人間は一人だけ。これまでは運転する人と、ゴミ箱を扱う人と最低二人はいたのに。というわけで、技術が進歩すると、人間は淘汰されていく(悲)日本の介護施設は、これから高齢者が増えて、介護する人の数はそれに応じて増えていくのかどうか、そのあたりをカバーするのがクレーンかロボットなんだろうなあ。。母は、息をひきとる直前に「大きいですなあ」と施設のアドミニの人間(介護の人ではない)に言われた。今だに、母を守れなかったことを悔いている私がいる。いい介護って何。。クレーンを使おうがロボットを使おうが、大切にされねばならない人間の本質は変わらないはずだ。。このあいだ会った知人は、スマホだか何だか、小さな器械を持ち出して、これを歩きながら見て、知らないレストランを探そうとしない人の気持ちがわからない、とか言った。何言ってるんだろ、この人。10年前は、みんな、GPS機能なんかなくても、知らないレストランを探して楽しんでいたではないか。機械は、人間をだめにしているとつくづく思う。ゴミの収集に、クレーンだかロボットを使うのは賛成である。しかし、人間の五感やら身体に関しては、できるものなら、ロボットかクレーンはできるだけ避けようとする社会であってほしいと思う。人間の本質は精神にあり、精神と肉体は密接に関係している。肉体が機械で操られるようになると、絶対に精神は退化していく。GPS機能がなかったら、知らない町を歩けなくなり、自分が歩けなくなることに何の疑問も抱かないのならまだしも、GPS機能なしに知らない町を歩こうとする人間を小ばかにするかのような発言をすることに何の疑問も抱かない人間の精神の退化のように。。いつもあえて抵抗していく精神をもっていなかったら、人間は確実にバカになる(悲)

2013/09/16(月) めぐってきた季節
とうとう秋が来た。もう半そでのTシャツでうろうろすることはできない。軽い長袖の重ね着が気持ちのいい季節になった。ちょうど去年の10月の日本みたいに。久しぶりに庭に出て、草抜きをした。そろそろ冬支度をせねばならない。土をいじくっていて、ああ、去年のこんな季節に、母の車椅子を押して、ホームの外に出たなあ、と思い出す。風がゆっくりと流れ、陽がゆっくりと注ぎ、顔を空に向けて、静かに目を閉じれば、ああ、至福の時間だ、このまま空気に溶けてしまいたい、と思える季節である。あれから1年、母は消えた。ボランティアをして、年をとることが実感としてわかるようになった。年をとれば、死ぬ。必ず死ぬのである。頭ではわかっていても、お年寄りといっしょに時間を過ごすことなく人生を送った人間には、受け入れがたい現実だった。1年経って、少しは受け入れられるようになった気がする。そして、毎年、この季節になれば、車椅子に乗って、気持ちよさそうに顔を空に向けていた母の顔を思い出すのだろう。感謝の季節である。去年の10月が、人生で一番満ち溢れた、母娘らしい時間がすごせた時間だった。与えられたことに感謝せねば、とつぶやきながら、雑草をひきぬき、マルチを土にかける。また来年もがんばってね、と。日本からは、台風で樹齢800年の大木が倒れたとニュースに流れていた。自然には絶対に勝てない。人間も自然の一部である。絶対に死からは逃れられない。自然を受け入れることー花鳥風月をめでて、わが身を自然に任せることー今、一番幸せな季節の中にいる。

2013/09/13(金) 美しきもの見し人は
私が若いころ好きだった堀田義衛の本の題名がすぐに浮かんだ。高齢者ケアのボランティアをしていた今週の月曜日、私がボランティアを始めたときから一言も音を発しなかった、もちろん食事もとれず(家では流動食らしい、まだ胃からのチューブではないそうな)、右手は固まらないようにだろう、いつも何かを握らされているが、左手の指はまだ自由に動くことを発見した車椅子の日系アメリカ人のヘレンさん、みんなで楽器を鳴らす活動をするのに、ケアする人がヘレンさんには何も渡そうとしないので、私が行って、ヘレンさんはまだ左手が使えるから、何か握らせてあげよう、とベルをもらって、ヘレンさんの左手に握らせようとすると、なんとヘレンさん、胸の底から押し出すように、ゆっくりと「あ・り・が・と」と声を出してくれた。信じられなかった。ええっ、ヘレンさん、しゃべれるの、それも日本語が出てきた。奇跡だ、と思った次の瞬間、美しきもの見し人は、という言葉が浮かんだのだ。ヘレンさんはたぶん英語の人だろう。が、高齢の日系人は、簡単な日本語はわかるのでは、という気持ちがあったから、私は日本語と英語のちゃんぽんで話しかけていたのだ。まさか彼女の口から言葉が、それも日本語が出てくるとは。すごくうれしかった。ああ、よかった、よかったと彼女からエネルギーをもらった。ただ、一言発声したあと、疲れたのか、ただただ頭を下げて、居眠りに落ちた。眠りにつく前の「ありがと」は、母の最期を思いださせる。(悲)へレンさん、来週も元気で来てくれますように。。2週間ほど見なかった、同じく日系人のケンさんは、体調を崩してしまったようで、以前のように、ケアテイカーにうとんじられるほど元気に徘徊することもなくなり、椅子に座って下を向いたまま、しかも以前に見られなかった両手のふるえがあった。ああ、年をとるとはこういうことなんだ、と改めて思った。ちょっとしたことでも病気になれば、それが引き金となって、だんだん弱っていくのである。(悲)もう一人の日系人のナンシーさんからはプレゼントをもらった。食欲旺盛の元気な人だから、何か食べやすい日本のお菓子でももっていってあげよう。「おしょうゆをかけてでも、日本のごはんが食べたい」と言った日本人女性には、電子レンジで暖めるだけのパックのご飯をもっていったら、喜んでくれた。「おかずは大丈夫ですか。お漬物でももってきましょうか」と聞くと、赤いのが好き、とのこと。赤いのって、紅しょうが?と、料理をしない人間が聞くと(笑)、首を振った。う〜〜〜ん、思いめぐらせて、福神漬け?と聞くと、にこっとしてくれた。じゃあ、来週はご飯と福神漬けにしよう。。娘さんと同居してるそうだが、やっぱり日本食までは期待できないのでは。私の娘は大丈夫???(笑)私の心の底では、20年前、サンフランシスコで助けてあげられなかったエイズ患者の日本人男性の言葉がいつも聞こえてくる。NPOがもってきた卵とチーズとミルクのアメリカ食が食べられずに、だんだん体力をなくしていった人だ。お母さんにもう一度会いたい、と私に臆面もなく言った。美しきもの見し人はー身体が病に冒され、年をとり、もう人間のエゴをすべてそぎ落とした人々は美しい。涙が出るほど美しい。いつもいつも美しいものだけを見ていたいと思う。(悲)元気で生きてる人間ほど汚いものはない???私かも。。(笑)

2013/09/05(木) 我慢のしどころ
シリア関連のニュースを見て、びっくりした。シリアの大統領が、第三次世界大戦も辞さない、みたいなことを言ったとか。。おうおう、これって、戦前の日本とまったく同じ??国際連盟をけっとばした松岡洋右みたいな感じ???(笑)カリフォルニアで日本人移民問題が起きたときー1910年代、日本は、戦争やるぞ、とアメリカを脅したらしい。結局、それから30年ほどを経て、真珠湾攻撃となった。シリアの化学兵器は、戦前日本の満州問題みたいなものか。真珠湾攻撃は、アメリカが裏から仕掛けたものかどうかは歴史学者にまかせておくとして、勝つために大事なことは、絶対に自分からはあからさまな形で仕掛けないこと。そういえば、ブッシュのイラク戦争のときも、ワシントンまで夜行バスに乗って、反戦デモに出かけたのだった。先制攻撃に大義はない。自分を追い込むだけだ。じっと我慢のしどころというものがある。人生も同じ。。(笑)英語の本の原稿をもうすぐ編集者に渡せそうで、渡せない。(悲)何度読み返しても、直したい箇所が出てくる。間違いというわけではないが、実にグレーだから、かつ読者層が世界全体だから、注意に注意を重ねるしかないのだ。日本語って、ほんとにええ加減というか、ええ加減が許される世界だ。いいのか悪いのか。。(笑)今が我慢のしどころ。。がんばるぞ。。

2013/09/04(水) 学習ー変化
週末に、娘が帰ってきたので、いっしょに自転車に乗って、コーヒー屋まで出かけた。娘と自転車を並べて走るなんて、20年ぶりぐらいではなかろうか。それで学んだことー1 歩道を走って、後ろから人に近づくときは、ちりんちりんとベルを鳴らすのではなく、your right とかyour leftとか声をかけるということ。へえ、そういうことだったんだ、と納得して、それからは、小声で声をかけるようにしている。黙って、後ろを振り返ることなく、横にのいてくれる人もいることを知った。2 ギアーなんとのぼり坂を上がるときは、ギアの数字を小さくするそうな。もともとギア1で走ってたから、数字を小さくするといわれても、と頭を悩ましていたら、なんと普通は、ギア4で走るそうな。で、のぼり坂では数字を小さくする、と言われても、なかなかレバーを上手に動かせず。気がついたら、数字が6になっていたりして。なんでこんなにしんどいんだ、とぶつぶつ言いながらも、少しずつ少しずつ変化していく自分が楽しい。。(笑)変化といえば、日本からのニュースで、婚外子の遺産相続を決めた法律が違憲という判決が出たと聞いて、よかったね、と心から思った。日本からのニュースで喜ぶことなんて滅多にない。(笑)なんと明治時代から100年以上変わることのなかった法律だそうで、いかに日本が制度にしばられてきたかがわかるというものだ。生まれてきた子供に何の罪もない。変わってほんとによかった。その一方で、日本人は食べ物の”新発売”が大好き。。アメリカに新発売の食べ物はなし。1920年代から同じガムを食べてる人間たちである。。保守的な食生活は、人間の保守さをあらわしているとおもうけれど、日本人は一体保守的なのか否か。。(笑)


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