〜ing〜アメリカつれづれ日記
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2014年4月
前の月 次の月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
最新の絵日記ダイジェスト
2019/09/15 いろいろ
2019/09/13 終活
2019/08/26 負け犬さんへ
2019/08/24 記憶
2019/08/20 時代の言葉

直接移動: 20199 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201412 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201312 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201212 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 月 

2014/04/22(火) いのち
やっと庭に出て、そうじができるようになった。まずは気候である。やっと木の枝に緑のものがちらちら見えるようになってきた。春だ。日本からのニュースでは、もう桜は散ったかのようだが、こちらは桜どころか、まだ葉っぱも出ていやしない。(笑)もうひとつは心情的なもの。これまで、なぜ庭に出ることが心の平穏につながっていたのかと考えると、やっぱり遠く離れていた親のことを想っていたのではないか、と思えるのである。季節がめぐり、またいのちがつながっていくことに、日本に残した親との、それこそ”絆”を確認していたのかも知れぬ。でも今は。。。確かに、庭のそうじができるようになってはきたけれど、新しい命を見る私自身の視線の中に、以前とは違った空洞を感じるのである。たとえ、以前感じていた”絆”が私の心情にすぎなかったとしても、それが心の安定をもたらしていた。今はもう心情的に絆を感じることすら許されてはいない。春になって、新しく芽ぶいたいのちに、私は何を見出せばいいのだろう。この答えが見つかるには、まだまだ数年はかかりそうな気がする。それでいいと思う。答えを見出そうと生きる時間もまた、癒しの時間であることに変わりはないだろうから。生きるとはー親の庇護がなくなった今こそ、生きるとは何かが突きつけられている。これからが、ほんとに私だけの人生である。私は、自分の人生を生ききらねばならぬ。


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.