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2015/10/30(金)
石の上にも3年
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二日前に、無事に日本から戻ってきた。いろんな心境の変化を実感した。ひとつーとうとう神戸の家が自分の家のように思えるようになってきたこと。あの家は、私が小学、高校、大学、社会人と、結婚するまでのすべての時間を過ごした場所である。親との関係も含めて、私はあの家が嫌いだった。あの家から出たくて、結婚したようなものである。結婚しなければ、親の家からは出られないという時代だった。母親が生きているときは、日本に帰っても、あの家にいる時間をなるべく短くしようという気持ちしかなかった。母が亡くなってほぼ3年、大きく深い罪悪感と妙な寂しさと戦いながら、家の片づけをしてきた。どこか昔の家の名残ーつまり母の痕跡ーをのこしながらも、自分が居心地よくなるように、物を捨てたり、わずかながら買い足したりしていると、やっとここは自分の家だという気がするようになってきた。つまり、昔の自分を超えつつあるのである。親に縛られていた子供の時間を超えて、ほんとの自分になれる時間をあの家で創れるようになった。自分にとって、あの家の新しい歴史が始まりつつある。私に守れる限り、守りたいと思う。私にそれができなくなったとき、あの家を消す。ふたつめーやっと派手なイヤリングができるようになった。この3年、揺れるイヤリングをする気にほとんどならなかった。それが、平気でできるようになってきた。母の死の哀しみ・衝撃が確実に薄れつつあり、これでいいんだ、という気持ちが自分の中に生まれつつある。薄情なものなのだろうか。訳のわからぬ不合理・不条理な殺人事件や交通事故も多い今の世で、親は二人とも寿命をまっとうしたのである。ありがたいことではないか。今も守られているという気持ちを私が持てるということは、まっすぐに育ててもらったということではないか。ありがたいことだ。感謝しこそすれ、いつまでも罪悪感にとらわれていることもないような気がしてきたのである。子供がどんなに親不孝であっても、親が子を恨むことは絶対にないということが信じられるようになってきたのである。ありがたいことだ。みっつめー神戸の家の、父が植えたというもみじが赤く染まるのは12月ごろだそうで、私はどうしても見ることができない。でも、ここに帰ってくると、庭のもみじが4本とも紅葉していた。すごくうれしかった。秋を、寂しさよりも美しさをめでる気持ちのほうが強くなっているのもおおきな変化である。よっつめー初めてNHKの朝ドラを楽しみに見ている。日米またにかけて、楽しみに見ている。(笑)それも、1日に何度かある再放送までのがさぬようにして見ている(笑)主人公の女の子の旦那役をしている俳優の名前は知らないけれど、声が好きなのである。加えて、娘にもこんな旦那が見つからないかなあ、と。(笑)じゃじゃ馬馴らしの旦那である。じゃじゃ馬は別に娘だけじゃないけれど。。(笑)それにしても、毎日楽しみにしていることがあるのは楽しいことだ。こういう気持ちは、キムタク君以来15年ぶり??? 俳優の名前を探さねば。おばたりあんに違いないけれど、おばたりあんの何が悪い。(笑)結論ー石の上にも三年である。いつこのことわざが作られたのかは知らず、その時と今では、社会も世界も人間も、そして人間の寿命も比較にならぬだろうが、それでも3年という時間がもつ力はそれほど変わっていないのかもしれぬ。 新しい自分で次の3年を乗り切らねば。
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