〜ing〜アメリカつれづれ日記
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2015年5月
前の月 次の月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新の絵日記ダイジェスト
2019/06/13 すごい2
2019/06/12 すごい1
2019/06/06 年をとっている。。。悲
2019/06/05 はじめてのこと
2019/06/03 くそ!!!(笑)

直接移動: 20196 5 4 3 2 1 月  201812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201412 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201312 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201212 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 月 

2015/05/27(水) フランク・ロイド・ライトという建築家
週末、ペンシルバニアまでドライブ旅行した。片道9時間である。
でも、往きも帰りもそれほど疲労を感じなかった。アートにどっぷりつかって、そのエネルギーをもらったからだろうか。フランク・ロイド・ライトの邸宅群である。一つは、超有名なfallingwater。ライトが嫌いな娘ですら、お母さん、あそこは行かなあかんよ、と言ったところだから、絶対に行かねば、と思っていた。ああ、なんという美しいところ。美を見た、と思った。家ができた1939年から流れ続けている滝の音と新緑の鮮やかさと、そして家のデザイン。。美の塊のようなところだった。あああああ。。でも、どうやら家は傾き続けているようで、年間のメンテナンス費用は300万ドルとか。大変、大変。見て、アートの感覚を感じるだけで十分。泊まったところも、ライトがデザインした家だった。わかったことーデザイナーは、長方形の家は建てないということだ。光やら影やら形やらをいろいろ考えて、与えられたものから最大限の美をひきだそうとする。広いリビングの片隅で、家のつくりから建築家の意図を想像するのは楽しかった。(笑)近くのケンタッキーノブという家もこれまた五角形で、美しかった。フォーリングウォーターを買える人はいないだろうが、この家はロンドンに住む金持ちの私有である。納得。。水の中に沈むことなく、きれいな丘の森に囲まれて、しっかり建っていた。私も1週間ぐらい住んでみたいなあ(笑)帰りの道で、オべりんという小さな大学町に立ち寄って、ここでもライトの家を見た。ガラスの家だから(要するに、家の壁は全部ガラスで中が丸見えだから、中に入る必要なし)ツアーも必要なかった。どこへ行っても、ガイドさんはライトが女たらしだったことは言わなかった。(笑)まあ、90過ぎるまで立派な仕事をする人は、そのくらい精力があるということである。タイガーウッズさんもその手だったと思うけれど、あの離婚騒ぎからどうなったのかなあ。。。強い男の女遊びは、強い男がもってくる金とひきかえだああ。。。浮気は男の甲斐性とはやっぱり大当たりだよなあ。(笑)で、とにかく、4つものライトの家を見ての結論は、ライトは、「小さな男の存在証明」を建築でした、ということである。売れない、無名の女は「大きい女の存在証明」を書いて満足しているが、ライトさんは、自分の背の低さを、おもいっきり家の天井で表現しながら、その低さがどれだけの美をもたらすか、をみなに見せつけることで、自分の存在証明を果たしたのである。さすがあ。。やっぱり才能ある人は違うねえ。。(笑)ライトのエゴにはびっくりするが、やはりライトのデザインの美にはどうしてもひきつけられるものがあってーラインと光と影、そして借景の自然の美、という日本人の美的感覚につながっているからと思うー次はどこの家を見にいこうか、とわくわく。。。ライトさんも、国立公園めぐりみたいにスタンプブックを作ったら???(笑)

2015/05/19(火) 最後の一葉
作者は誰だったのか。昔、「マーガレット」という少女マンガの雑誌を読んだときに、病気の女の子を励ますために、隣の家の壁?に葉っぱの絵を描いたおじいさんの話を読んだ。で、女の子は、あの葉っぱが落ちたときに自分の命も終わり、と思っていたが、おじいさんが描いた絵だったから落ちずに、女の子は助かったが、雨ふり?の日に絵を描いたおじいさんが、肺炎だったかにかかって死んだ、という話だった。生の不条理なるものをあの話から学んだような気がする。そして、今、家の庭にも、本物の最後の一葉がある。毎朝、コーヒーカップ片手で庭に出たときに、その最後の一葉が出ている枝に手をおいて、エネルギーをください、これからもがんばってね、と声をかける。桜の木である。しばらく元気に、八重の花を咲かせてくれたが、やっぱり冬の厳しさには耐えきれず、去年ぐらいから幹やら枝の大半が凍って蒼くなり、枯れて、どう見ても、死に体である。私も、かなりの枝をぼきぼきと折ってきた。でも、どうしても、何かを感じて、生きてるのでは、と信じると、なんと枝の一つから、最後の一葉が顔を出したのである。すごい!!!! まだ生きているーおじいさんが描いた絵ではなく、本物の最後の一葉は、ほんもののエネルギーを持っている。まだ命が通っている1本の枝に手をおき、葉っぱをなでなでして、エネルギーをもらう。この最後の一葉が枯れてしまうとき、私は巨大な何かを受け取るのだと思う。。。枯れるな。。。生き延びて。。。

2015/05/14(木) パブリックのない国
ニュースを見てびっくりした。名古屋だか、ごみ屋敷のゴミが歩道を占拠して、通れなくなっているが、それでも住人の男はごみの撤去を拒み、市もなにもできないというニュースである。パブリックのない国ーすぐにそう思った。アメリカなら、この男、たぶんすぐに逮捕?される? アメリカのパブリック意識から考えると、公の道が通れなくなったら、すぐに警察が出てくるだろう。警察の言うことを聞かなかったら、逮捕だろう。日本は、こういうときに警察が出てきて、問題を解決するという法律がないのか。。歩道とは何? 公のもの、というコンセプトが法律に書かれていないのだろうか。公のものでも、そこで刑事事件が起きなければ、警察は出てこないということか。 こういうパブリックのなさがまかり通る一方で、家にある植木の葉っぱがご近所さんに落ちたら、木を伐らねばならないほど追いつめられる、みたいなところがある。これは、ご近所さん同士ーつまり民事ーの世界である。木をみんなで楽しむ、という感覚があれば、葉っぱがどこに落ちようと、それほど気にしなくてもいいのでは、みたいな感覚が生まれるのでは、と思ったりもするのだが、どうもそういうわけではなさそう。つまり、私的な大量のごみが歩道をふさぐのはOKでも、葉っぱが隣のおうちに落ちるのはだめ??いったい日本のパブリックとは何???(怒)

2015/05/08(金) 面白いなあ。。
1週間かかって、やっと元気になった。来週ボランティアに行くのが楽しみ。。(笑)日本からのニュースを見ていると、面白いなあ、と笑ってしまった。さるの名前にシャーロットとつけたら、批判が殺到したが、英王室が動物園の自由と返答すると、向こうがいいと言ってるのならいいのでは、という声が寄せられるようになった、というニュースである。ほんとに、日本の人は思想がないねえ。向こうがいいというのなら、という理由づけが情けないことだ。向こうが何と言おうと、自分はこれでいく、と言い切れる思想がないのである。で、もっと大事なことは、相手を読む、という思想が完全に欠如していることである。あのねえ、世界をまたにかけた大英帝国を築いた英王室にしてみれば、極東のちいっちゃな国の人がさるに、自分とこのプリンセスの名前をつけたからといって、失礼だ、と侮辱に感じたりしないんだよ。そんな器じゃこざんせん、と、日本人が内輪で突き上げたことこそを微笑んで(笑悲)いるだろう。で、そういうニュースは世界をかけめぐり、白人世界はどうでもいいけれどーアメリカの赤ん坊に文句言う必要なしー、中国やら韓国やらが、あはは、日本人は小さいのう、もっとつっついてやれ、と白人とは違って、唇をひんまげて、ほくそえんでいるのである。ああ、いやだ。(怒)まあ、変ないちゃもんがついたさるの赤ちゃんがかわいそうだから、違う名前をつけてあげてほしいものだ。。少なくともカタカナ名前はやめて、かずこ、ぐらいにしておけば(笑)もう一つ、上野千鶴子の「私の半生」というコラムを読んだ。母親を見て、こんな女にはなりたくない、と思ったとのことで、ああ、おんなじだ、と。(笑)でも、父親には溺愛されたおかげで、男に愛されることに不安はなかった、とのこと。ああ、ここは大きく違うな、と。(笑)でも決定的に違うのは、食っていかなくちゃならない、と思ったそうで、このあたり上野千鶴子は私より年上だから、女は男に養ってもらうもの、という社会的束縛はかなり強かったと思うのだけれど、私自身は一度だって、食っていかなくちゃ、と考えたことがないことを思えば、やっぱりこのあたりが才能の違いだろう。それにしても上野千鶴子が必ず出してくる「男の愛情」なり「よく男にもてた」式の告白と、”食っていかなくちゃ”と考えた、その相関関係が明らかにされないのが私の不満である。”結婚しているフェミニストは信用できない”とか。フェミニストって何???(笑)

2015/05/04(月) ヘリコプター親
先週あたりから、気分が重い。今日はとうとうボランティアも太鼓のクラスも休んでしまった。シカゴまで運転する気にはまったくならなかった。疲れて、しんど〜〜い、ばっかり言っている。季節の変わり目である。温度が急に上がって、いよいよ庭仕事の季節となった。新芽がいっぱい出て緑がきれいなので、疲れているけれど、なぜか庭には出たくなる。で、ごそごそしていたら、やっぱり疲れる。。。(笑悲)季節の変わり目は、高齢者の体にこたえるのも現実である。この体調の変化はやっぱり、自分も年だ、を実感させられているのだろう。ああああああ。。もう一つ、ストレスがたまっているのが娘の家さがしである。賃貸の家賃が高いので、いよいよコンドを購入すると言い出した。でも、マーケットは売り手市場である。よってこれまた異常に値段が高い。親は、サウスダコタで13万ドル、イリノイで18万ドルの家を買ったのに、なんで娘は26万ドルやねん、とこれまた心配で、ストレスがたまっている。いったい何をしてるのか見てこようか、と言うと、ヘリコプター親にはなるな、と配偶者に言われてしまった。ヘリコプター親!!!さすが広いアメリカらしい言葉だ、と笑ってしまった。日本からのニュースによると、このごろは親が子供の入社式までつきあうそうだが、まさかかれらをヘリコプター親とは呼ぶまい。(なんて呼ぶのかは知らない。。笑)あああああ。。。生きてる限り、なんやかんやと心配ごとはあるなあ。。季節の変わり目はしんどいなあ。。。で、くらあああい洞窟にこもっていたいけれど、なぜか洞窟の外は誘惑的に輝きすぎている。春も手放しで喜べなくなってきた(悲)


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.