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2021/05/08(土)
現実を見抜いて自分を守る
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日本のコロナ対策は、ナッジ理論とかいう経済学理論に基づいているらしい、と読んだ。ナッジ理論とやらは2017年に、シカゴ大学の教授がノーベル賞をとった理論なんだって。で、どんな理論かというと、「人に自由な選択権は与えながら、ひじでつつくようにして、相手を正しい行動に導く」というものだそうな。おお、玉虫色のたたきあげさんにはぴったりの理論やのう。(笑)あっほ、どんなアホな御用学者がついてるねん。ノーベル賞をとったとかどうかなんてどうでもいい。その理論は、戦時中やらパンデミックのときにも有効と書いてあるのか。人に自由な選択権を与える、とは何やねん。そんな理論だから、緊急事態宣言を出そうが、誰も本気でとりくもうとしないのではないのか。どうせまた、ぐらいにしか思わない。それで感染は収まるどころか拡大するばかり。(怒)パンデミック時にも、人に自由な選択権を与えることをよしとする理論なんて、理論の是非よりは、たたきあげさんが聞きたがる理論を献上した、とか考えられないではないか。ひじをつつくようにして、人を正しい行動に導くなんて、自然法を説いたジョン・ロックみたいな理想・理論主義者だねえ。。それでノーベル賞か、ああ、ノーベル賞も大したことない。。(笑)そんな理論が通るなら、とっくの昔に道からゴミはなくなっているよ。やっぱり人間性悪説のホッブスが正しい。(笑) 痴漢被害を訴えたニュースを読んで、これまたびっくりした。このごろは、痴漢被害でも弁護士がつくようなシステムがあるらしい。で、記事によると、警察から、どんな触られかたをしたかをいろいろ聞かれて、それでまた被害者の女性は傷つくそうな。で、思った、被害者には申し訳ないけれど、被害者が誤解しているのではないかと思うのは、法律は、被害者を守ってくれるものではない、という現実的理解である。決して守ってはくれない、ぐらいに考えておいたほうがいい。法律はむしろ、人間社会のもろもろを秩序立てるためのものであって、被害者のために作られるのではない。だから、どういう行為にバツを与えるか、について線引きするために、どんな風に触られましたか、とか、何秒くらい触られましたか、とちまちま聞くしかないのである。そりゃ、胸に手を入れられて、触られて、あげくにつめをたてられて、傷つけられて血が出たとしても、たとえそのことが認められたとしても、被害者に戻ってくるのは、バンドエイド1箱分ぐらいでしかないはずなのである、というぐらいの覚悟をするべきなのである。今から40年以上も前に、満員電車の中で、男どものために、天井に向かって、わっはっはと笑ったおかげで(どこを見て、笑うかも考慮せねばならぬ。一人の男の顔を見て笑うと、その男はメンツを失って、むしろ逆切れする恐れあり)痴漢被害を2秒ほどでおさめることができ、弁護士を必要としなかった女にすれば、痴漢の被害すら弁護士を依頼することができるというのは、ほんとに隔世の感があるが、それでも記事から察するに、一番大事なことは教えていないのではないのか。ただただ、被害者の方はどうぞお声をかけてください、ともに声をあげて社会を変えていきましょう、と言うだけで、現実は隠されてしまっている。「花が咲いた、咲いた」と歌っていても、福島の原発問題は解決しないのと同じである。子供が学校でいじめられて、自殺を選ばねばならないようなことになるのなら、子供に教えるべきは、命の大切さ、といった抽象論ではなく、いじめられていると思ったら、記録にとれ、何月何日何時、どこで、誰に、何を言われ、されたか。そこにいたのは誰か、を全部記録にとれ、という現実を見据えたアドバイスである。そして、それを誰のところにもっていくのか。保身大好きの校長でらちがあかなかったら、警察にもっていけ、と教えるべきなのである。子供が亡くなったあとで、いじめがあったかどうか、でごちゃごちゃ争う大人世界の情けなさ。争っても、子供は戻ってこない。生きているときに教えるべきことー現実を見据え、世の中の仕組みを知り、そこでの具体的なサバイバル方法である。法律は世の中の仕組みそのものである。記事によると、痴漢の被害者の女性は、減るものでなし、とか言われて、また傷つくそうな。そういう日本のセクシズムは、昔も今も少しも変わっていない。天井を見上げて、大声で笑えとは誰も教えなかった?だろうなあ。(笑) 男たちの慢心にまっすぐにつきささって、ひじをつつくノーベル賞理論より、感情を排さねばならぬ冷たい法律よりはるかに効果的だと思うけど。(笑悲)
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