〜ing〜アメリカつれづれ日記
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2012年4月
前の月 次の月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
最新の絵日記ダイジェスト
2019/06/13 すごい2
2019/06/12 すごい1
2019/06/06 年をとっている。。。悲
2019/06/05 はじめてのこと
2019/06/03 くそ!!!(笑)

直接移動: 20196 5 4 3 2 1 月  201812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201412 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201312 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201212 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 月 

2012/04/21(土) 喪失感
外出先から帰ってきて、ドアをあけると、シナ〜〜〜と呼ぶ自分がいる。呼ぶと、家のどこからか、とことこと出てくるような気がするのだ。思うに、私が非常に身近に感じ、好きだった人・動物を死でなくしたのはこれが最初のような気がする。父の死を聞いたときは、確かに目の前が真っ白になったが、心のどこかでほっとした部分もあるのを認識していた。殴ったり、蹴りあげられたり、怒鳴り散らされて育っているから、心の中でものすごい一種の憎しみにも似た気持をもっていたのである。でも、シナバーの死は。。。ただただ、自分がかわいがるだけの愛玩物だったのである。父は、私の中に、私の一部として生き続けている。何しか遺伝子を引き継いでいるのだから。(笑)でも、シナバーは。。。私とは何のつながりもない。でもハウスキャットだから、17年間、いつもずっと家にいたのである。家といっしょだったのである。いつでも私のそばにいてくれたのである。シナバーが消えて、シナバーがこの家を、私を守ってくれてたんだ、とわかってきた。いつでも絶対にそばにいてくれるという安心感があった。。喪失感は想像してなかったほど大きい。。。同じ親から同じときに生まれた、同じ年の妹猫は、シナバーとは大違いで、猫らしい猫だが、言い換えれば’勝手であてにならない”(笑)シナバーの、あの気持の大きさ、優しさは無限大だった。今日、部屋に写真を飾る。最後の最後まで、私には介錯の刀をふるう勇気はなかったが、最後の一日はあれでよかったのかな、と今ごろ不安に思っている。もしかして、夜中に聞いたあの最後の短い声は、断末魔の苦しみの声だったかもしれぬ。(悲)ごめん、シナ。。。医者が、猫は苦しみ、痛みを隠すのが上手と言ったとき、ほんとは、今、ものすごく苦しんでますよ、楽にしてあげなさい、と言いたかったのかも。。。もし、そうだったのなら、ごめん、シナ。。でも最後の最後まで、死の数分前まで、のどをごろごろしてくれたよね。その優しさはもうここにはない。誰かの歌詞が聞こえてくるーあなたに出会えて、ほんとによかった。。。(悲)

2012/04/20(金) シナバー逝く
風の強い、寒い一日である。3月にあんなに暖かくて、樹木たちは必死で花を咲かせたのに、4月、冬に戻ったかのようだ。きのうから、シナバーが一層弱っていた。それでも、午前中はトイレに行ったり、部屋の中を少し移動していた。私が夕方仕事から帰ってきてから、もうまったく動かなくなってしまった。それでも、声は出ずとも、みゃおみゃおの形に口を動かし、はあはあという息がした。ツナ缶の水に水道水をまぜても、水道水だけでも飲もうとはしなかった。もう、そろそろなんだろうなあ、と思いはじめた。夜、配偶者が出張から帰ってきて、皮下注射と痛み止めの薬を与えた。元気になる様子はまったくなく、まるでクマの敷物のように、床にへばってしまっていた。虫の知らせで、きのうの晩、シナを私のベッドに入れた。なにやら安心した風だった。今朝起きると、同じところに横になっていた。静かだった。頭をなでると、まだのどをかすかにごろごろ言わせた。目はとろんとして、体はまったく動こうとしない。なんどか部屋を出たり入ったりするたびに、シナの頭をなで、8時すぎ、じゃあ、これから仕事に行くからね、と頭をなでて、部屋を出ようとしたとき、嘔吐が始まった。1度だけ苦しそうに顔をあげて、体をよじった。それから倒れてしまった。そろっと見にいくと、体が一度だけびくっと痙攣した。目は開いたままだった。逝ってしまったのがわかった。配偶者が帰ってくるのを待っているかのようにして、逝ってしまった。朝8時10分。
最後の最後までシナバーは、人なつっこく、人を信じて、人に我慢できる、優しいほんとにgenuineだった。私が帰ると、いつもみゃおみゃおと出迎えてくれて、体の上に乗ってきて。。いっしょに寝たがって。。。genuineに生きて、genuineに逝った。きれいな死に方だったと思う。痛みで苦しんでるような様子は、一度も見せなかった。じっと我慢していたのだろうか。それとも、ただ気分が悪かっただけだろうか。夜中に一度だけ、かすかに、でも鋭く短い鳴き声を聞いたような気がする。起きて、答えてやらなかったのが、今になれば悔しい。渾身の力で私にかけた、最後の声だった。ごめん、シナバー、そしてありがとう。。17歳。人間にすれば84歳。母の年である。(悲)

2012/04/19(木) 在宅介護5
もうすぐ日本行きだというのに、まだ何も荷造りしていない。シナの介護に追われている。実母の世話はお金を払って、他人にまかせ、私は、猫の世話に追われる。。。一体これは何なのだろうか。これでいいのだろうか(悲)ともかく、毎日、日に数度、ツナ缶の水に、水道水を少し混ぜて、シナに差し出したり、ミルクにこれまた水を混ぜて、味を薄めにしたりして、手を変え品変えして、飲まそうとしている。気分のいいときなのだろう、けっこう舌を出して、ぺちゃぺちゃ飲むときもあれば、舌の先でなめたかなめなかったわからないぐらいで、すぐに顔を横向けてしまうときもある。足もだいぶ弱ってきているのではなかろうか。数歩歩いて、へなっとカーペットの上に横になってしまっている。生きてるだけでしんどいんだろうなあ。。もうそろそろ、介錯の刀を振り上げるときなのだろうか。ほんとは、自分が介護に疲れてきただけではないのか、と思うと、ますます苦しくなってきた。。(悲)今夜は、私のベッドにシナを入れよう。昨夜は、夜、トイレに立つときに、ベッドの上では何かと大変だろう、と思って、床の上に置いた。朝、起きると、どこかに移動していて、これまた探すのが大変だった。いや、探すときのあの不安感が怖いのである。。(悲)なにもかも、まあるくまあるく、世界のすべてのバランスがとれますように。。。まさに祈る気持ちである。

2012/04/18(水) 生命力
まだシナががんばっている。もう何も食べなくなって、水もほとんど飲めなくなって3週間ほど。それでも、水分の皮下注射が効いているのか、よたよた歩いて、自分でトイレに行く。これこそが、シナがもって生まれた生命力に違いない。生命力は、検査やら薬やら、数字で測れるものではない。ただただ、その動物の身体だけが知っているもの。配偶者が短期の出張に出るというので、シナと二人だけで残されて、万が一のことがあったときが怖いからと、また医者に連れていった。どうやら体には水がたまっているようで、なんと体重は増えていた。シナが痙攣をおこしたりしたら、もう私は触ることなんてできないので、救急に連れていくことすらできない。どうしよう、と不安が募ったが、シナを診察した医者の顔をじっと見ていると、まあ、突然死ぬことはなさそう、という感触を得た。まだ水を飲もうとするなら、ツナ缶の水を少しでも与えるようにして、栄養をとればいい、とか、ちっちゃな知恵をもらって帰ってきた。もうすぐ日本行きである。シナは、私が帰ってくるまで待っていてくれるだろうか。やっぱり無理だろうか。これが最後になるのだろうか。あと3日。きのうの晩は、やっぱり私のベッドにあがってきて、私の足元に横になってくれていた。もう何もいわないけれど、生命力が彼を動かし続けている。獣医によると、猫は自分の痛みを隠すのが上手だそうな。どうしてそういうことが分かるのかなんて、あえて聞かない。生命力を看取る宇宙のエネルギーの存在を信じているから。できるものなら、ああ、どうか、私が日本から帰ってくるまで待ってくれますように。最後の最後、お別れがいえますように。五感をとぎすませて、宇宙のエネルギーのバランス感覚を嗅ぎ取ろう。私がいつ心の中で介錯の刀をふりあげるのか、教えてくれるだろう。(悲)

2012/04/16(月) 介錯
ぼちぼちやってる居合に、介錯という型がある。切腹する人の頭を切り落とす役である。クラスの有段者は、お経を唱えながら練習すると言う。今、私に必要なのは、この介錯の練習のように思われてきた。シナの様子がいよいよ弱ってきた。家の中はホスピス状態である。もう声も出せなくなった。みゃおみゃおは言わない。のどのごろごろもほとんど出せなくなった。私のベッドに上がってきて、鼻をすりつけることもなくなってしまった。それでも、よたよた4歩ほど歩いて、水を飲みに行こうとしたり、私が寝るときは、二階の座椅子に横になっていたのに、私が朝4時ごろ起きて、そろっとシナを探すと、私が寝ている1階にまでおりてきて、私の部屋のベッドまでは来れなくとも、1階にあるソファベッドの上にちょこんと座っていたりする。トイレに降りてきたのだろうか。もう私のベッドまで上がってこれないのが悲しい。それで、私がそろっと抱いて、私のベッドまで連れてきて、2時間ほどいっしょに時間を過ごした。でももう、鼻をすりつけてきたりすることはない。母の入院先の医者が言ったように、生きてるだけでしんどそうだ。(悲)それでも、声をかけると、胸の上下運動が早くなるのは、みゃおみゃおと答えようとしているからではないだろうか。配偶者はとにかく、いつ医者に連れていこうか、そのタイミングばかり話したがる。ふん、死んだ金魚をトイレに流せる野蛮人め、と思う。(笑)私は、絶対に流せない。どうしても、土に埋めねばと考えるタイプだ。(笑)動物病院の医者も、クオリティオブライフを言ったけど、やっぱり日々変動があって、ちょっと今日は調子がよさそうだな、と思える瞬間があって、私の呼ぶ声に耳を動かして、私を見ようとしてくれれば、やっぱり殺すなんてことはできない。(悲)それにしても、食べなくなってもう2週間。それでも生きられるものなのだ。と考えると、日本からのニュースに出てくる餓死した人なんて、一体どれだけの時間、食べなかったのだろうか。2週間も食べなくとも生きられるのなら、日々お腹がすいたと思うのは贅沢なのではないだろうか。そういえば、テレビ番組で、断食する行者は3日目ぐらいから幻を見ると言っていた。もう、シナもそんな状況なのだろうか。私のそばに座椅子をおいていても、ふと気づくと、いなくなっていたりする。よたよたどこかに”出かけて”いこうとする。それが、動物の性ではなかろうか。植物ではあるまいし、自分の力で動けなくなったときが、動物が存在の尊厳を失うときかも知れぬ。そう思うと、シナがまったく動けなくなったら、医者に連れていこう、そんな覚悟が生まれた。ただただ必要なのは、私が”介錯”の勇気をもつこと。。やっぱり昔の武士は偉かった。金魚を平気でトイレに流せる輩とは、心構えが違うのだ。。(笑悲)

2012/04/15(日) 在宅介護4
きのうは一晩中、シナが鼻先を私の顔にすりつけてきて、寝られなかった。顔をそむけると、ますます近寄ってきて、顔をすりつけ、前足を私ののどにおこうとする。こうなったら、私が猫になればいいんだ、と覚悟して、私も自分の鼻やらほっぺたをシナの顔にすりつけていった。顔だけ猫の人間と死が近い猫とが一体となり、ある濃密な感触を作る。。。いよいよとなると、死臭がするそうで、まだその域ではなさそう。。(悲)あとどのくらいの時間が残されているのだろうか。どういう形で来るのだろうか。(悲)妹猫のケロは、まったく兄さんには近寄ろうとはしない。知っているのである。兄さんも、ケロの泣き声を聞くと、耳はそばだてたが、あえて拒否するかのように、体の向きを変えた。知っているのである。わずか1週間ほど前には、二人で体をまるめあって、小さな椅子の中で寝てたのになあ。。哀しいなあ、生まれてきて生きて、そして消えていかねばならないのは。。

2012/04/14(土) 在宅介護3
病院に連れていったら、また調子が悪くなった。(悲)皮下注射をする女の子がへたくそなんだ、と怒っていたら、もう誰も責めるな、と配偶者に言われた。老人ホームのお医者にもよく腹をたててたっけ。。(笑悲)理性ではよくわかっているが、感情がついていかない。医療関係者は大変なことだ。それにしても、月曜からもう丸5日食べ物を口にしてないのだから、元気になるはずがない。食べられなくなっているのだろう。人間なら胃ろうとなる段階なんだろうけれど、猫にはなし。胃ろうの代わりに、注射器で薬やら水に溶かした缶詰食を口の中に流しこもうとしている。きのうの晩は、一晩中、私のそばで寝ていた。呼吸が苦しそうというわけではないが、もう歩けなくなっている感じがする。朝、シリアルにミルクをかけて食べていたら、いつもなら飛んできて、じっと顔をあげて、私が食べ終わるのを待っていたシナバーの姿はもうない。ボールに残ったミルクを飲むのが毎朝の楽しみだったのだ。医者通いが始まってからも、ミルクだけは飲んでたのに、いよいよそのミルクを鼻先に持っていっても、顔をそむけるようになってしまった。あげくに、いやなものを顔につきつけられて、ストレスがかかるのか、胸の上下の動きが激しくなる有様である。弱っていく姿、「存在と時間」をまのあたりにして、ほんとに喪失感が襲ってきた。喪失感が大きいと、その穴埋めするのは、自分を失くすること、と考える人も出てくるのではないか。自分が消えたら、喪失感を感じずにすむわけだから。。ああ、自殺を考える人の気持ちが想像できるような気がする。自分が感じている大きな喪失感の中に自分を投げ込んで、もう喪失感を感じずにすむようにするのだ。。(悲)シナバーのお墓には何を飾ってやろうか。英語の死亡通知は、xxx is survived by と表現される。そう、すべて生きている人間の記憶の中だけで生き残るのだ。その人間もいつか消える。記憶も消える。。。すべて無である。シナバーの存在も、私とともに必ず消えて、無と化す(悲)おお、それで、人は歴史に名を残したいと考えるのか。ほんとに残す人は、名誉欲やらエゴとは一切縁のない美しい生き様と勇気ある行動で残すのだろうが。。。人は、無と消えるのが怖くて、バカなエゴ丸出しの行動を重ねるんだろうなあ。。悲しい人の性である。シナバーのエゴを感じることはなかった17年間。今朝、横になってるシナバーに、何度も「ありがとう」と言った。シナバーの目に私が映っていた。母は、黙ったまま、天井を見上げていた。ありがとう!!!

2012/04/13(金) 在宅介護2
やっぱり薬を飲んだことがなかったから、よく効いたらしい。母と同じである。(笑)昨夜のシナバーは、一晩中、私といっしょに寝る必要がなかった。どこかに消えたり、戻ってきたりしていた。そして、自分で水を飲もうとした。やったあ。。。(笑)今朝、また病院に連れていって、皮下注射をしてもらって、それから食欲促進の薬やら、缶詰のご飯を無理やり口に入れるシリンダーをもらってきた。元気そうになって、みゃおみゃお鳴いているのは楽しいが、そうかと言って、それほど先があるわけでもない。と考えていると、また母を思い出してしまった。(悲)要するに、老いとクオリティライフとお金のバランス感覚を試されているだけなのである。行くたびに5000円も猫にとられていると、週に3回で15000円、1ケ月でへたしたら10万円近くなるかも知れないではないか。と考えていたら、もうこの時点で、殺してくださいと医者に言う人もいるかもなあ、と思い始めた。いても当然だろう。医者が、もう時間の問題ですよ、と言ってる動物にお金を出して、何がある???で、殺しても、動物虐待で罰せられることはない???でも、母にはそれができない。その時が来るまで、費用を負担しつづけなければならない。人間でも動物でも死ぬのにお金がかかるという構図。。再び死とは何か、と考える。当然、当事者にとっての死と、第三者にとっての死とは違うのである。当事者が死を語ったことはないわけだが、本人以外の第三者にとっては、死とは経済活動以外のなにものでもないのでは。。(悲)
薬をもらって、食欲が出たシナバーが、もりもり食べだしたら、これまたえさ代がかかる??? こんなことを考えてる自分もいやになるけれど、本音でもある。でも、もりもり食べだしたら、すごくうれしくて、猫なで声を出してしまうだろう自分もわかっている。(笑)そういえば、猫なで声とは、なでられた猫が鳴く声かと思っていたら、猫をなでるときに出す人間の声かも、と友達がぶつぶつ言っていた。私の場合は、声のトーンを一オクターブあげての猫なで声だ。(笑)。突然の事故死がいいかもなあ、とりわけ高齢者の場合は。。ニュースで、事故の死亡者の年齢を見て、まあ、これぐらいならいいのでは、なんて思ってしまう自分がほんとにいやだけど。でも毎日、毎日考えてしまうのである(悲)

2012/04/12(木) 在宅介護
いよいよ在宅介護の様相を帯びてきた。シナバーである。それも、そんなに長くはなかろう。きのう、私のベッドの定位置からまったく動こうとしないし、病院に行って皮下注射をしてもらってから2日間何も食べようとも飲もうともしないし、で、夕方になると、息遣いが荒く、早く、しかも浅い。ごろごろする声も、これまでになく弱弱しく、ほとんど聞こえないぐらいだ。頭をうなずくように、ずっと振り続けているのである。あいづちを打つ猫なんて見たことがない。これはもう今にも息絶えそうだという感じになってきて、大泣きしてしまった。いつも私が外に出ると、ドアが閉まるタイミングをかいぬけるようにして、外に出たがったから、もう陽は少し傾き、冷たい風も吹いていたが、ほんの少しのあいだだったが、デッキに出してあげた。いつか陽を見ることも、風を感じることもなくなるのである。(悲)外交的で人が大好きな性格で、お客が来るたびにちょこちょこと、うれしそうに人なつっこく出てきた。妹猫のケロに意地悪されても、じっと我慢するタイプで、どうしても我慢できなくなったときだけ、一度だけ威嚇すると、ケロがしっぽをまいてすごすご引き上げるというタイプだった。私がカウチに横になってテレビを見ていると、必ず私をジャングルジムに考えて、上にのっかってきて、気持ちよさそうに横になった。そのシナの重さが心地よくて、私もいつもテレビを見ながら寝てしまった。もうシナが私の上に乗ってくることはない。絶対に乗ることはなくなった(悲)
今夜が最後かも、と思ったが、やっぱり何が起きているのだけははっきりと知りたかったから、救急のつもりで病院に連れていった。胸の様子は初めての症状で、レントゲンを撮った。シナの猫生で初めてのことである。二つある腎臓の一つはきれいに消えてしまっていた。腎臓が消える臓器だとは知らなかった。人間のも悪くなると消えるのだろうか。残っているほうもかなり小さくなっていて、終わりが近い証拠となった。胸のほうは肺炎の疑いあり、その上心臓の隣に影があるという。腫瘍の疑いがあるとのこと。とにもかくにも、時間の問題なことだけは確かである。注射だって、その前にしてもらったときは何も起こらなかったのに、今回肺炎っぽくなったのは、やはり体が弱っているからだろう。つい2日前まであんなに元気だったと思うと、悔しくてならない。オンラインで調べると、注射で肺に水がたまることもあるという。これだっと思った。医者は、人間の医者同様、体のことはわかりませんから、というだけだろう。そう、わからないのである。体がどんな風にバランスを壊していて、同じことをしても、病気になるかならないか、なんて。(悲)抗生物質を打ってもらって帰ってきた。その晩、気分が晴れずに早くにベッドに入った。シナバーも、よたよた歩いて私についてきた。抱えあげて、いっしょにベッドに入った。シナのお気に入りの場所は、私の脇の下である。腕とベッドカバーにくるまれて、前足を2本私の腕の上において、頭を倒して私に添うようにして、やせこけた体を伸ばしている。気持ちよさそうで、かすかな声でごろごろ言っている。その隙間に聞こえてくるのは、金属音が混じった早い息づかいである。わかったよ、シナ。。このまま今晩いっしょにいてあげるよ。右腕がしびれたり、神経がおかしくなったら、カイロに行くよ、あんたの最後の時間を私がほんとに体当たりで看取れたら本望だよ、と覚悟を決めて、シナの息遣いを聞いていた。時計の秒針のような速さで、私はいっしょにはできない。苦しいんだろうか、痛いんだろうか、といろいろ想像した。「生きているだけでしんどいんですよ」と、母が入院した病院の医者の言葉を思いだした。シナ、そんなにしんどいの。もう生きてるのがいやになるぐらい??? 猫に胃ろうはないんだろうか、腎臓の移植手術はないんだろうか、とかいろいろ考えた。薬が効いて、少しでも呼吸が楽になりますように、と念じながら寝た。朝、目をさましたら、まだシナが寝たときと同じ姿勢で横にいた。私が動くと、シナも少し動いた。ああ、よかった。。。毎日、毎日大事にするしかないね、シナ〜〜〜〜〜。人間の年でいえば84歳とのこと。妹猫のケロも同じ年なのに、こっちはまるで人間の20歳でもあるかのように、健康そのもの。意地の悪いのはケロのほうだった。憎まれっ子、世にはばかる、は、猫の世界も同じなのかも。それとも、やっぱり女がずぶとく生き残るのは猫の世界も同じ??? シナはほんとにおとなしいいい子だった。私にぴったりだった(笑悲)私の人生で最初のペットだが、最後のペットでもある。終わりがやってくるのをじっと見ているのはもう絶対にいやだから。(怒)

2012/04/10(火) 病院通い
が始まってしまった。(悲)やっと母が落ち着いてきたみたいでほっとしていたのに、今度は猫の心配である。食べなくなって、ここ4ヶ月ほどのあいだに、体重は2分の1ぐらいに減って、どう見ても、いよいよという感じである。でも、母をほったらかしにしてしまった、という罪悪感があるもので、それを猫でカバーしようという心理が働いている模様。動物病院に連れていくと、血液検査の結果、明らかに腎臓の機能が弱っているということで、一日おきに薬でもはいっているらしい水を皮膚下に打つことになった。これが50ドルもするのである。ああ、ばかたらしい。もう死んでもいいよ、みたいな気持ちが起こりもするが、17年もいっしょに過ごしたシナバーのこと。死ぬなんて、やっぱり絶対いやだ、で、また明日病院へ連れていく。それにしても、おととい注射をしてもらってから、どうも様子がおかしい。私のベッドの同じ場所から動こうとしないのである。ああ、どうなるのか。自分のベッドで死んでるのを発見したくない、と思うと、日本からのニュースを思いだした。最近、むやみやたらと孤独死のニュースが多かった。それも家族で、である。どんなに健康で長生きしたいなどとうそぶいていても、結局は最後は病気になる。突然死か孤独死か、それとも長患いしての死か。。昔、高校生のとき、わからぬまま、哲学書の字面を追って、死とは他者しか認識できないことだ、だから、私は絶対に死なない、と自分に言い聞かせて、安心したことがある。あれから40年。再び、死のことを毎日考える時がやってきた。ハイデガーの「存在と時間」を思いだす。人生が一巡して、もう一度”若い”ときが戻ってきているとしてもーそれを還暦と呼ぶ??ーあのころからのこの40年は、もう目の前には続いていない。いつか、どこかで必ず途切れる時間ーシナバーとの17年をただただ感謝するのみか。それが生きるということか。誰かに感謝してもらえる生を営むのが、生きるということ??? (悲)

2012/04/09(月) 役に立たぬとはーエゴの臭い
今日のアサヒドットコムニュースよりー

鳩山氏は会談後、テヘランに駐在する日本の報道各社と会見。大統領に対し、週末に予定されるイランと欧米などとの核協議に「柔軟な姿勢」で臨み、原油輸送の要衝・ホルムズ海峡の封鎖といった武力行使に出ないよう要請したことを明らかにした。

 「二元外交」との批判に対して、鳩山氏は「国益に資することは何かを考えて行動している。政府と異なるメッセージを出したわけではない」と反論した。

***お〜〜い、トラストミーのあほなおっさんよ。イランが、あんたがイラン擁護の発言をしたと情報を流してるんだって。。。あんたは、どこまであほか。
1 なんで、あんたごときがイランの大統領とアポがとれたと思うねん。。。あんたを利用しようと思ってる魂胆はみえみえではないか。それとも、イランにお金払った??? 会わしてちょって??? 自己PRしたいエゴ丸出しに?? 誰もあんたなんか相手にしてないよ。あんたは、イランの大統領に、何かを要請する立場にはまったくないことは、誰でも知ってるよ。イランの大統領が一番よく知ってるよ(笑)
2 確か、あんたはイギリスかどっかの科学雑誌に投稿したり、アメリカの新聞に意見を出したりした?? お金いくら払ったの?(笑)そういえば、最近、野田首相も出したよね。。。あんたが指南したの?? あんたや日本の首相の意見なんて、誰も相手にしてないよ。意見なんてあったの? 単に、絆を大切にがんばってまいります、みたいな腑抜けなきれいごとを表明しただけじゃないの。。誰もきれいごとなんて聞かないよ。ばか。。
3 自分は政治家だとかっこつけたかったら、日本の報道各社と記者会見などせず、それこそ、大統領との会見内容を、アメリカの新聞に公表したらいいのにさ。。。それとも、あんたの記者会見に、欧米の報道関係者は来てたの??? きてなかったのなら、誰も相手にしてないということだから、かっこつけて、しゃしゃり出てくるなよ。。みっともない。。。(怒)家でおとなしく引っ込んでて、親からもらう毎月1億?のおこづかいの賢い使い道でも考えろ。。。ああ、あんたには考えられないよね。イランのあとは、北朝鮮にでもお金を払って行ってくる???(笑)トラストミーのようなあほなおっさんが、日本の政界から消えたときに、やっと日本の再生が始まると思う(笑)

2012/04/06(金) 辺見庸
大好きな辺見庸が、詩集をいっぱい出していると初めて知った。詩はほとんどわからないが、辺見庸の詩ならトライしようかな。。(笑)今日のアサヒドットコムニュースから。。
「3・11を体験した今、私たちの言葉も以前と同じであっていいのか。この国には言葉が人に届かない危うさがある。震災直後に放映された、とってつけたような優しさを強調するテレビCMのように。震災を表現する言葉も、もっと自由であっていい。関東大震災の焼け跡を歩き、『あゝ愉快と 言つてのけようか。/一擧(いっきょ)になくなつちまつた。』と詩に書いた折口信夫のように」
とってつけたような優しさーそうだ、その通りだ。。”絆”なんて、糞食らえだ!!!(笑)

2012/04/05(木) 坂本龍馬
友達が教えてくれた、坂本龍馬の言葉。エネルギーをもらったから、書き留めておこう。「今の自分に何の未練も持っていない。わたしは昨日のわたしではない。」−ああ、私にぴったりだ。(笑)要するに、自己反省をしたり、自分を責めなくてもいいわけだ。。過去に拘泥する必要もなし。。変わりつづければいい、流れ続ければいい。。。自分の都合のいいように解釈できるいい言葉???(笑)そう、明日の私はまた違う人間だ。だから、ただただ今日の自分をいとおしみ、愛すべし。。

2012/04/04(水) 夷テキー攘夷論
毎日、庭の雑草と格闘している。どうやら去年、庭の世話ができなかったから、雑草が好き勝手にできたようで、種をあっちこっちにばらまき、芝生のない木の陰になった部分は、輝く緑の雑草のカーペットになってしまった。芝生とのボーダー部分はもちろんのこと、木立の中にも、そしていよいよ芝生の中にも侵出しつつある。聞くところによると、外来の雑草らしい。外来は強くて、地元産を駆逐、芝生にも侵略していく。こんちくしょう、これ以上、侵略させてなるものか、とうめきながら、毎日、スコップで土を掘り返し、雑草と格闘しているが、ふと、ああ、これが明治日本の攘夷か、と思いいたった。(笑)外来の黒船が来たときは、そりゃ、怖かっただろうなあ。。外来に侵略されてしまうと、われわれは滅亡だ!!!、で、なんとか打ち返せねば、と必死だっただろうなあ。。その気持ちが今よくわかる。(笑)あれから160年経って、あのとき、開国しておいてよかったと今、日本人は思っているだろうか。そんなこと、考えたことないだろうなあ。。(笑)開国してなかったら、力づくで開国してやる、と、インディアン部族を相手にするみたいになって、日本人は絶滅していただろうか。もちろん島はアメリカの領土となって。。なあんかそれでもよかったのでは。。(笑)沖縄なんて、戦争やって、敗戦して、それから本土復帰と遠回りした分、夢を見させてもらっているかのようなだけで、現実の状況としては、幕末にアメリカ領土になったとしても結果論としてはあんまり変わっていないのでは???(笑)とにもかくにも、外敵と戦い、攘夷を貫くのは大変である。で、仕方ないから、今日、芝生の会社に電話した。薬をまいて、夷テキ一網打尽にして、大虐殺だ!!!(笑)自然界も人間界もあんまり変わらないよなあ。(笑)
*** 読み返して、ふっと思った。もしかして、黒船が来たとき、沖縄は、日本の領土じゃなかった??? となると、、開国されて大迷惑だ!!!(笑)


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.