〜ing〜アメリカつれづれ日記
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2012/04/20(金) シナバー逝く
風の強い、寒い一日である。3月にあんなに暖かくて、樹木たちは必死で花を咲かせたのに、4月、冬に戻ったかのようだ。きのうから、シナバーが一層弱っていた。それでも、午前中はトイレに行ったり、部屋の中を少し移動していた。私が夕方仕事から帰ってきてから、もうまったく動かなくなってしまった。それでも、声は出ずとも、みゃおみゃおの形に口を動かし、はあはあという息がした。ツナ缶の水に水道水をまぜても、水道水だけでも飲もうとはしなかった。もう、そろそろなんだろうなあ、と思いはじめた。夜、配偶者が出張から帰ってきて、皮下注射と痛み止めの薬を与えた。元気になる様子はまったくなく、まるでクマの敷物のように、床にへばってしまっていた。虫の知らせで、きのうの晩、シナを私のベッドに入れた。なにやら安心した風だった。今朝起きると、同じところに横になっていた。静かだった。頭をなでると、まだのどをかすかにごろごろ言わせた。目はとろんとして、体はまったく動こうとしない。なんどか部屋を出たり入ったりするたびに、シナの頭をなで、8時すぎ、じゃあ、これから仕事に行くからね、と頭をなでて、部屋を出ようとしたとき、嘔吐が始まった。1度だけ苦しそうに顔をあげて、体をよじった。それから倒れてしまった。そろっと見にいくと、体が一度だけびくっと痙攣した。目は開いたままだった。逝ってしまったのがわかった。配偶者が帰ってくるのを待っているかのようにして、逝ってしまった。朝8時10分。
最後の最後までシナバーは、人なつっこく、人を信じて、人に我慢できる、優しいほんとにgenuineだった。私が帰ると、いつもみゃおみゃおと出迎えてくれて、体の上に乗ってきて。。いっしょに寝たがって。。。genuineに生きて、genuineに逝った。きれいな死に方だったと思う。痛みで苦しんでるような様子は、一度も見せなかった。じっと我慢していたのだろうか。それとも、ただ気分が悪かっただけだろうか。夜中に一度だけ、かすかに、でも鋭く短い鳴き声を聞いたような気がする。起きて、答えてやらなかったのが、今になれば悔しい。渾身の力で私にかけた、最後の声だった。ごめん、シナバー、そしてありがとう。。17歳。人間にすれば84歳。母の年である。(悲)


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